この好きが本当になるまで ~腐れ縁の友人と嘘の恋を始めたら~
「ちょっと笑わないでよ」
「悪い、悪い。これまで恋人がいたくせに、反応があんまりにも初心だから」

 馬鹿にされているようで面白くない。そもそもこれまでの恋人とは勝手が違うのだから、動揺してもしかたないだろう。長年友人として過ごしてきたからこその動揺だ。

 なんの準備もなく距離感が変われば、驚くに決まっている。

「心構えができてなかったんだからしかたないでしょ」
「じゃあ、もう一度呼ぶから、今度は心構えしておけよ」
「えっ、ちょっと待って」

 慌ててストップをかける。

 明日香は二回ほど深呼吸をして、準備を整える。今から慶介に下の名で呼ばれるのだと己に言い聞かせ、ゴーサインを出す。

「どうぞ」
「明日香」

 驚きとも、ときめきとも違う妙な感覚に襲われる。どうにも落ち着かなくて、自分を抱きしめるような形で両腕を擦る。

「なんだかぞわぞわする。穂高の声だと聞き慣れてないからかな」
「明日香も呼んでみろよ」

 自分のターンがくるとは考えておらず、間抜けな声を漏らす。

「え? えっと……慶介?」

 慶介も微妙な顔をしている。おそらく明日香と同じような感覚になっているのだろう。

「違和感がすごいな」
「でしょ? 嫌なわけじゃないけど、落ち着かない感じがする」
「ずっと名字で呼んでたからな。名前呼びはやめとくか?」

 その問いにはすぐさま首を横に振って否定する。

「いや、いい。やる。今日は徹底して恋人らしくしてみたい」

 せっかく慶介が積極的に実験に付き合ってくれているのに、逃げ腰にはなりたくない。今日はちゃんと恋人らしく過ごすと決めてここに来たのだ。
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