両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
「すみません……。私、弾けないんです」

「じゃあ、座るだけでも。ね?」

店長が近寄るとバニラの甘い香りが私を優しく包み込んだ。
両肩に手を置き、大丈夫!というようにぽんぽんっと叩いた。
私の手を握ると、手をひいてピアノの前に座らせた。
優しく甘い香りのせいか、なぜか逆らえず、なんのためらいもなく座ってしまったけど、弾こうとは思わなかった。

「このピアノね、唯冬があなたのために運ばせたのよ」

「私のため……」

「どんな音でもあなたの音よ。私だって、酷かったでしょ?」

「いいえ。とても可愛らしい蝶々でした」

「え?そう!?それならいいけど」

確かにミスタッチは多かったけれど、それすら曲の一部だったのかなと思うくらい自然だった。
そう思わせるくらい表現力の高い人だと思う。
今の私がなにを言えるわけでもないけれど……

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