蜜味センチメンタル
那色の意図はよくわからない。単にプライドが傷つけられたからムキになっている。そんな風にも取れる。
羅華は少しだけ言葉に迷い、結局何も言うことなく那色の手から指を抜いた。
そのまま口元までマルガリータを運び、その半分ほどを連続で喉に流し込んだ。
「…大和さんは、まだ戻って来ない?」
静かに、ゆっくりと。ギリギリ耳に届く声量で、羅華は尋ねた。
「え?」
「今から私、ひとりごと話すから。誰にも言ったことのない、ただの思い出話」
「……」
コトリと静かにグラスを置き、羅華は肘をついて顎を乗せた。そして那色の返事を待つ事なく言葉を繋いだ。
「中学のときに付き合ってたのは、1つ上の先輩。元々その人の年子の妹と仲が良くてね、その子の家に遊びに行った時に私が一目惚れして、私から告白して付き合った」
「……」
「かっこよくて優しくて、大好きでたまらなかった。向こうも私をすごく大事にしてくれた。…けど、ある事が原因で続けられなくなった」
「…ある事って?」
「私の父がね、不倫したの。その人のお母さんと」
言葉にすれば当時の絶望感が思い出され、羅華の瞳に涙が浮かんだ。
「当然両家共に泥沼の離婚。しかも不倫した当人達は盛り上がって再婚までするから、私の母も向こうのお父さんも憎さ倍増だよね。当然だよ」
「……」
「だからその子供達である私達が付き合いを続けられる訳なかった。…けど、私はそれでも先輩が好きだった。どうしても別れたくなかったから、内緒で密かに付き合い続けてた。……それが許せなかったんだろうね、彼の妹は。そりゃあもう、酷いイジメに遭ったよ」
グラスについた水滴を下から掬うように、そっと撫でた。
羅華の受けた嫌がらせは、物が隠されたり暴言を吐かれたり、そんなものはまだ可愛いものだった。果ては階段から突き落とされて、腕の骨まで折った。
母親を奪われ兄を奪われ、彼女の気持ちは分からなくはない。
だけど友人と信じて疑わなかった彼女からの仕打ちは、羅華には耐えられなかった。