蜜味センチメンタル
「昨日、クライアント側から“企業創業者への敬意”をもっと演出に込めたいという要望がありました。特に式典冒頭の映像やナレーションで、“食の原点”や“家族を支える台所のイメージ”が伝わる構成を希望されています」
「原点へのリスペクト、ですね」
企画部の一人が頷きながら言葉を引き継ぐ。
「ええ。今の構成でも方向性は合っていると思いますが、演出側でも再調整いただけると助かります」
「承知しました。ビジュアルと語りのトーン、演出チームと調整します」
羅華は軽く頭を下げ、パソコン画面に視線を戻した。
こうして少しずつ、形にしていく。小さな一言の積み重ねが、やがて目に見えるステージになる。
感情よりも論理、好みよりも意図。自分の役割は、決して派手ではないけれど、誰かの想いを正しく届けるためにある。それが、この仕事の価値だと信じている。
会議の熱気がじわりと広がっていく中、羅華の中には、淡々とした静けさがあった。
——今のところは順調。
このまま進めば、問題なく仕上がる。
そう思っていた、そのときだった。
「続いて、司会者の件についてご報告します」
会議室の空気がわずかに張り詰める。スクリーンが切り替わり、新しいスライドが表示された。
「今回の式典テーマは、“世代をつなぐ食文化”です。ですので、世代を超えて支持を受けており、またその価値観に通じた活動をしている方を選出しました」
淡々とした説明に、誰もが資料に目を落としながら頷く。羅華もそのひとりとして、次のスライドに備えてカーソルキーに手を置いた。
「そのうえで、今回の司会者に決定したのは、TNTテレビ所属の——嘉島藍良アナウンサーです」