蜜味センチメンタル
会議の翌日、午後の休憩時間。
羅華は社内の休憩スペースで、紙カップのコーヒーを手にしていた。
——「今回の司会者に決定したのは、TNTテレビ所属の嘉島藍良アナウンサーです」
昨日の進行役の言葉が、何度もリフレインする。
あの写真の笑顔を、何度、思い返しただろう。
会議室のスクリーンに映っていた藍良の姿が、瞼の裏にこびりついて離れない。
凛とした立ち姿。堂々とした笑顔。
過去を知らなければ、それはきっと、誰もが信頼を寄せる“華やかな司会者”に見えるのだろう。
けれど羅華にはあの笑顔の奥に、ずっと胸の奥に沈めていた記憶が冷たいまま蘇ってくる。
──「あんたみたいなの、いない方がいいんだよ!」
──「生きる価値なんかない。あんたは、壊すべき相手なんだから…!」
耳の奥で、今もなお再生され続ける声。
あの頃の教室。無言の圧力。無数の視線。
誰も助けてはくれなかった。
机の上に残された悪意の落書き。
ロッカーの中で潰されていた体操服。
何もかもが毎日、少しずつ、心を蝕んでいった。
それでも、声を上げることはできなかった。
親の不倫がきっかけのいじめ。誰もが腫れ物のように自分達を扱った。
次第に「自分が悪いんじゃないか」と、だんだん本気で思いはじめていた。
そして——あの日。
濡れた廊下、誰もいない非常階段。
背後から押された背中。
不意に視界が揺れ、重力が反転するような感覚。
次の瞬間、骨が鈍い音を立てて折れるのが分かった。
病院の天井。
点滴のチューブ。
痺れるような痛みと、何も言えなかった自分だけが、ずっとそこにいた。
事故だった、と処理されたあの出来事。
誰も責任を問われず、誰も罰せられなかった。
藍良という名前は、今もまだ羅華の心を蝕み続けている。