蜜味センチメンタル
いま、自分の隣でカップに注がれているコーヒーの音が、やけに遠い。紙カップの中の液体は、まるでその日の病室の天井の色と同じように思えた。
気づけば、手が少しだけ震えている。
——これは仕事。もう過ぎたこと。
昨日から何度も、そう言い聞かせてきたのに。
彼女の顔や声を思い出すたびに、羅華の胸の奥に、黒く冷たいものが落ちていく。
「……」
羅華は無言のまま、震えを隠すように膝の上で手を組んだ。
そんなときだった。
すぐそばのテーブルから、数人の声が聞こえてきた。
「ねえ、知ってる? 昨日の映像チェックに来てた人。紫水さん。あの人、実はシスイ食品の御曹司なんだって」
一瞬で、テーブルにいた数人の視線が集まる。
その場が、ふっと華やいだような空気に変わった。
「えっ、あの人が? めちゃくちゃ綺麗な人だったよね?なんか……線が細くて透明感すごかった」
「うん、“綺麗”って言葉が一番しっくりくる。中性的っていうか、モデルっぽい雰囲気だった」
「なんかさ、見た瞬間、芸能人かなって思ったもん。あれで大企業の御曹司って人生バグってない?」
「でもさ、綺麗なだけじゃなくて話してる内容がすごいちゃんとしてたじゃん。育ちがいいだけじゃないって感じ、すぐ分かった」
「わかる!あの目の動かし方とか所作とか、なんか……育ちの良さって、言葉より無言の時に出るよね」