蜜味センチメンタル
「……中学以来、かしら? こうしてちゃんと顔を見るのは」
その声は驚くほど自然で、むしろ懐かしさを装ったような響きすらあった。
「まさかこうして仕事であなたと再会するなんて、世間って狭いのね。……ねえ?《《神田》》さん?」
——神田。それはかつての羅華の名字であり、辛い記憶を彷彿させる響きだった。
藍良はほんのわずかに目を細め当たり障りのない言葉を重ねながらも、その言葉の奥に薄く張り詰めた何かを感じさせていた。
『忘れたなんて、言わせないわよ』
そんな無言の圧が、肌にじりじりと染みてくる。
「……ええ、本当に」
羅華はそれだけを返すので精一杯だった。
無理に微笑もうとしたけれど、頬の筋肉がぎこちなかった。
藍良はにこやかなまま、軽く手を振って撮影エリアに戻っていった。
その背中を目で追うことすらできなかった。
——どうして今、彼女がこの場所にいるの。
どうしてまた、あんなふうに踏み込んでくるの。
過去は終わったはずだった。
あれはもう、誰にも触れられないはずの記憶だったのに。
だけど現実はたった数秒の言葉と笑顔だけで、その記憶の蓋を簡単に開けてしまった。
撮影が再開すると、藍良はまるで空気を変えるようにその場に役割として立った。
声の出し方、姿勢のとり方、ちょっとした手元の角度まで、すべてが計算されているようだった。
台本に目を落とす時の仕草でさえ、洗練されていて美しかった。