蜜味センチメンタル
嵐の口調は軽いままだったが、その声には、明らかに温度があった。
「小さい頃から周りから“お前は跡取りだ”って刷り込まれてきたくせに、どっか抵抗があるような感じでさ。なんかずっと、半分魂が抜けてるみたいな」
「……」
「一番近くにいる家族のことも、本当はどこか信じきれてなかったと思う。親父さんの事を知ってからは特に。親にですら敬語で話してるんだぜ?おかしいだろ」
「それは……」
「“家のための子ども”として育てられたって、どっかでわかってたんだろうな」
嵐は、グラスを指先でくるくると回しながら、続けた。
「でも一番キツかったのは、多分、兄さんの存在だよ」
「……大和さん、のこと?」
嵐が大和を見上げる。羅華も視線を移すと、彼は苦笑いを浮かべた。
「あいつ本当に大和にーちゃんの事好きだから、だからこそ、色んな複雑なんだろ」
「複雑……?」
「うん。尊敬してるんだよ、子どもの頃からずっと。だから、自分が家の跡取りとしてそこに座ってるのは、兄さんが選ばれなかったからだって」
「……」
「口にしないけど、家族としても跡取りとしても、本当は“本来そこに立つべきだったのは兄さんだったんじゃないか”って、思ってんだろーね」
嵐の声は、ふざけた調子をすっかり抜け落ちていた。そこで初めて、大和が口を挟んだ。
「選ばれた側の人間って、羨ましがられること多いけど、実際は全然幸せじゃないこともある。“選ばれた”ってことは、“自分の意志で選んだわけじゃない”ってことでもあるからね」
羅華の胸が、またすこし痛んだ。
「那色にとってシスイの跡取りってのは、自分の道じゃなくて、親が決めた運命だった。……だけど俺は、そこには関われなかった。可哀想なことしたよ、本当に」
「……」
「だからこそ、那色にとって自分から何かを選択することはそれだけ意味が大きい。でも、唯一……羅華ちゃんだけは、自分から選びたかったんじゃないかな」
その言葉は、静かに羅華の心に沈んでいった。
あの夜、那色が語ってくれた秘密。
あれは単なる告白じゃなかった。
家に決められた運命の中で自分の人生を自分の意志で選びたいと願った。その唯一の場所が、自分だったのだと。