蜜味センチメンタル
都心から少し離れた、閑静な高台の住宅街。
その奥まった一角に、ひっそりと佇む邸宅があった。
まるで異空間に足を踏み入れるようだった。
切妻造の屋根に黒塀がめぐらされ、門の両脇には枝ぶりの見事な松が静かに根を張っている。
石畳のアプローチを進めば、深い緑に囲まれた中庭。苔むした石灯籠と手水鉢、そして池には錦鯉が泳いでいた。
全てが、丁寧に整えられている。それでいて、どこか自然な呼吸も感じられる。人の手と時の重なりだけが作れる“静寂の美”が、ここにはあった。
木造の玄関で靴を脱ぎ、上條に導かれて畳敷きの廊下を歩く。磨き込まれた床板に、足音ひとつ立たない。
那色と並んで進みながら、羅華は自分が“選ばれた者だけが通る道”を歩いているような錯覚にとらわれた。
(……本当に、来てよかったのかな)
あまりに荘厳で場違いな空間に、吸い込んだ息が喉の奥で張りついたままだった。
応接に通されたのは、数寄屋造の広間だった。障子越しの柔らかな光が、床の間に飾られた一輪の白椿を照らしている。
壁は白漆喰、建具は古い欅材。襖の絵も控えめで、静かな気品が空間を包んでいた。
余白と沈黙。それこそが、この家の“格式”なのだと感じさせられる。
「すぐに社長が参ります。こちらでお待ちくださいませ」
上條が深々と頭を下げて退室すると、部屋には那色と羅華のふたりだけが残された。