蜜味センチメンタル
その声には、懐かしさと苦味がないまぜになっていた。
「大切だったよ。……だがそれは“家族”としての情だった。恋ではなかった。けれど、守るべき存在だとは、確かに思っていた」
目を伏せるように、息をひとつ吐いた。
「そんなときに十和子──大和の母と出会った。彼女と出会って初めて誰かを好きになるということが、どういうことかを教えてくれた人だった」
那色がわずかに視線を動かす。大地は続ける。
「彼女といるときだけは、紫水の名も、家の重圧も関係なかった。ただ、私という人間として生きていると感じられた。十和子は……私にとって初めて“対等に愛した”相手だった。彼女も私を深く愛してくれた。そして……大和が生まれた」
その表情に、微かに痛みが浮かぶ。
「だが、家はそれを決して認めなかった。“筋を違えるな”と突きつけられた。私が何を言おうと、紫水の名を背負う者には“決められた道”しか許されなかった」
ひと息、深く吸って──
「私は何度も抗ったつもりだった。だが……最後には、家の意向に従い、せつなとの結婚を選んだ」
そこには、明確な後悔が滲んでいた。
「家にとっては、正しい相手だった。……だが、私にとってせつなは、幼馴染の妹以上にはなり得なかった。守ると誓ったのに、守りきれなかった。……十和子にも、せつなにも、どちらにも」
言葉を切り、静かに障子の向こうを見つめる。