蜜味センチメンタル
「誰かを傷つけないように生きるんじゃない。好きな人を、好きだと堂々と言える人生を、歩いてほしい。私は“選ばなかった”。……だからこそ、君が大切な人と心から結ばれる姿を、見たいと思っている」
その目には、父としての願いと悔い、そして赦しのすべてが滲んでいた。
そして──
「……本当に、すまなかった」
そう言って、大地はゆっくりと、深く頭を下げた。その所作は、決して軽いものではなかった。
──これは……誰への謝罪なんだろう。
その姿を、羅華はただ見つめていた。目の前のその姿が、あまりに静かで、そして痛々しかったから。
たったひとことの謝罪に、長い時間をかけて誰にも言えなかった懺悔が凝縮されているようだった。
隣に座る那色が、ほんのわずかに息を詰める気配がした。
視線を向けると、彼は黙ったまま父親の頭を見つめていた。その表情には、言葉にできないほどの葛藤が浮かんでいる。
怒りでもない。許しでもない。ただ、長く積もったものが静かに動き出すような……そんな揺らぎだった。
口を開くことも、手を伸ばすこともせず、ただそこにいる。
羅華には、その沈黙の中に那色なりの答えがあるような気がした。
心の奥底でずっと求めていた言葉を、今ようやく受け取った。そんな静かな重みが、彼の横顔に滲んでいた。
やがて大地はふと視線を羅華へと向け、柔らかく微笑んだ。
「原岸さん。あなたがこの子のそばにいてくれて、本当によかった」
その言葉は、まるで何かを預けるように、静かであたたかかった。そして那色へ、ゆっくりと視線を移す。
「君が彼女を……唯一の女性に出会い選んだことを、私は誇りに思うよ」
羅華は言葉にならない思いを胸に、そっと那色の手を握り返した。
いつも優しくあたたかい彼の手は、そのときだけはほんの少しだけ、冷たかった。