蜜味センチメンタル
邸宅の門を出た瞬間、羅華はようやく大きく息をついた。
静かだった空気が、外気とともに少しだけ揺れた気がした。まだ陽は落ちきっておらず、夕暮れの光が石畳を長く照らしている。
那色は、隣で小さく肩を回すように息を吐いた。
長く続いた沈黙が、ようやくほどけていく。
ときおり遠くで車の音が聞こえる以外、世界は静かで、まるでさっきまでの緊張を包み込むようだった。
羅華が何気なく見た那色の横顔は、どこか遠くを見ていた。
「……なんだか、すごく静かだね」
なんと声をかけたらいいかわからず、口から出たのはそんな当たり障りのない言葉だった。
やけに明るく響いた自分の声が、空気の中で浮いてしまった気がして、羅華は少しだけ気恥ずかしくなる。
「うん……」
那色は短く答えたあと、足を止めて、ぽつりと口を開いた。
「あの…羅華さん」
「なに?」
「……このあと、ちょっとだけ……羅華さんの家に行ってもいい?」
唐突な申し出ではあったけれど、その声には、どこか頼るような弱さがにじんでいた。
いつもの彼より、少しだけ脆く見えた。
羅華は、すぐに頷いた。
「うん。もちろんだよ」
那色の顔が、少しほころぶ。
自然と手が重なり合い、街灯がぼんやりと灯るなか、その指先を確かめるように繋ぎ直しながら、ふたりはゆっくりと歩き出した。