蜜味センチメンタル
「……来週、なんとか時間作る。ちゃんと顔見せに行くよ」
『ほんと?無理しないでね。…少しだけ羅華ちゃんの顔を見られたら、それだけで嬉しいから』
「うん。ごめんね、なかなか帰れなくて」
受話器越しの母の声は、さっきより少しだけ嬉しそうに弾んでいた。その声を聞くと、胸の奥がじんと痛んだ。
昔からそうだ。母の涙にはめっぽう弱い。だから、こうして声の調子ひとつで心が揺らいでしまう。
「じゃあまたね」と、できるだけ優しく言って通話を切ったものの、スマホを手にしたまま、羅華はしばらくその場で動けなかった。
ふと、無意識に那色とのやりとりのあったメッセージ画面を開く。仕事が始まったのか、スタンプの後には新しいメッセージはなかった。
那色との他愛ないやりとりの中で温まった心は、すっかり冷たくなっていた。言葉にできない重い気持ちを抱えたまま、羅華はパソコンのスケジュール画面を開く。
カレンダーの枠はびっしりと埋まり、どこにも「余白」という言葉は存在しない。
特に12月からは、クリスマス販促やキャンペーンの案件が立て続けに入っている。外回りに撮影、打ち合わせ、接待。そこへ式典プロジェクトの指揮も任された。
どう気持ちを切り替えようとしても、気持ちは重くなる。
「…しんどいなあ…」
羅華の独り言は、人気のなくなった部屋に寂しく消えていった。