蜜味センチメンタル


「羅華さん」

「こんばんは。まだ大丈夫かな?」

「もちろん。いつでもどうぞ」

一瞬で変わる空気に、女性客の表情がわずかに引きつった。だが那色はすでに彼女のもとへ向かっている。

「寒かったですよね。今、何か温かいの用意します」

「うん、ありがと」

その何気ないやりとりの中にある親密に、女性客の視線が落ちる。

那色の笑顔は変わらない。それでも、その温度が誰に向いているのかは、あまりにも明確だった。

那色が裏で手早く温かいハーブティーを淹れて戻ってくると、羅華は静かにコートを脱いで、カウンターの隅に腰を下ろしていた。

先客の女性は、いつの間にか席を離れ、店内には穏やかなジャズが流れている。

「はい、どうぞ。身体が冷えてたらと思って少し甘めにしてみました」

「……ありがとう」

白い湯気の向こうに、羅華の顔がふわりとゆるむ。けれどその笑顔は、ほんの一瞬で、すぐにいつもの硬さを取り戻した。

「仕事、大変みたいですね」

そう話しかけると、羅華は「まあね」と笑った。

今日は土曜日。けれど羅華は先週のデートの時の大人っぽくも可愛らしかった装いとは違い、きっちりとしたジャケットとパンツスタイルだ。

おそらく今日も仕事だったのだろう。

連絡がまばらであることを少し寂しく思っていたが、羅華の疲れた顔を見るとそんな気持ちは喉の奥で消えていった。

「今日、大和さんは?」

「休みです。というか、系列店の視察で短期出張で。怪我で休んでたキッチンの人も戻って来てくれましたし、もう一人のバイトも長いから僕たちだけで回してます」

「そっか」

大和がいない事に対し、特に気にした様子もない返事に安心する。

羅華と大和の間に何もないことなど分かっている。けれど自分の知らない時間を、二人は共有している。

その事が那色にとっては、面白くなかった。


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