蜜味センチメンタル
「お待たせしました」
客の元へ赴きグラスを差し出すと、「ありがとう」と弾む声が返ってくる。その頬は、明らかに那色の顔を見て紅潮していた。
けれどその言葉も態度も、今の那色にはただの雑音にしか聞こえなかった。
ふと、視界の隅で羅華がスマホを見ているのが見えた。
画面を見ては置き、置いてはまた見る。らしくないその落ち着きに欠けた様子が、やけに気になった。
——こんな姿、放っておけるわけがない。
「……ねえ、羅華さん」
気づけば、那色の口が勝手に動いていた。声は驚くほど自然で、だけど少しだけ低く、落ち着いたトーンだった。
「……なにかありました?」
羅華の隣に立ち、その儚げな表情を見下ろす。顔を向けた羅華の瞳は、動揺で揺れていた。
「……どうして?」
「だって明らかに元気ないし。あと、笑うの下手になってる」
「……容赦ないね」
そう言って羅華は、乾いた笑みを浮かべた。既に飲み切ったハーブティーの縁を撫でながら、静かに言う。
「…那色くん。来週なんだけど、うちには来ないで欲しいの」
「え…」
拒絶にも似た言葉に、今度は那色が動揺した。そんな姿を見る事なく、羅華は続ける。
「実家に帰るの。母に顔出さなきゃいけなくて」
「お母さんに…?」
「昨日電話がきてね。帰ってこないの?なんて寂しそうに聞かれたら、帰らないとは言えないでしょう?」
「……」
羅華は以前、母親の涙に弱いと言っていた。形は違えど、那色と同じように母親に囚われている窮屈な人。親の勝手に振り回され傷ついている、可哀想な人。
——寂しいのは、君の方じゃないか
やるせない気持ちを抱き、ひどいもどかしさに襲われた。