元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
第一章 死に戻りと、二度目の婚約

死に戻りの悪女皇后 クリスティナ・リーズ・ルヴェルディ

 この物語は——
 一人の悪女が、その醜悪な『生』を断ち切られた瞬間から遡り、二度目はなんとか善良であろうともがくなか、新しい自分と出会い、夢を叶え、モテ期も経験し、自分を殺した息子を救い、国も救って(?)なんなら世界も救い(?)とにかくなんでもやって——オリジナリティー溢れる幸福を手に入れる物語である。


 ◇

 神々に守られし国、
 古は魔術大国としても名を馳せた大国——ルヴェルディ帝国。

 そこに悪女と名高い一人の女がいた。

 第21代皇帝アレクシス・ダンテ・ルヴェルディの妻
 皇后クリスティナ・リーズ・ルヴェルディである。

「今日も美しいわ。私に敵う者は誰もいない」

 流れるように滑らかな銀色の髪と、エメラルド色の瞳。
 誰もが羨む美貌——。

 しかしその美しさが見せるのは、優しさや温もりなどではない。
 雪原に吹き荒ぶ風より、氷河に浮かぶ氷より冷たい——『無』だった。 

 そしてもちろん、性格は最悪。

 巷で人気の小説に出てくる『悪役令嬢』、そんな女が実在するとして。
 クリスティナに敵うであろうか。
 否、きっと遠く及ばないであろう。


 子供の頃から使用人に手をあげ、言いがかりも日常茶飯事。
 友人は全て自分のために存在する道具、そう信じて疑わなかった。
 
 とにかく、善良だった日など一日だってない。

 それなのに、未来の皇帝に見初められその日のうちにプロポーズ。
 家柄も手伝ってのことか、何一つ障害に見舞われることなく無事結婚。
 悪役のまま皇后になってしまったのだ。

 ——『悪女皇后』の誕生である。

 皇后になったからといって、簡単に変わることなどあろうか。
 否、言うまでもなく、何一つ変わることなどなかった。

 悪事のかぎりを尽くして傲慢に暮らし、果ては——息子に殺された。

 ——鋭い刃に屈する悲惨な最期だった。

 空を切る音と、刃先までキラリと這い上がる鈍い輝き。
 剣が振り下ろされる瞬間の記憶は、恐ろしいほど脳裏に焼き付いている。
 
 そしてこの世を去る時、まさに死んだ時——
 空から見る己の亡骸は、血に染まった高価なドレスを纏う哀れな女。

 その目は真っ直ぐに天を仰ぎ。
 縋るように伸ばした手は、絶命とともに力なく地面へと落ちていった。

 なんと惨めなことか。
 無意味な生を貪った人間に相応しい、悲惨な最期だった。

 ——「あぁ、私……いま死んだわ」

 こんな姿になるために生まれたんだっけ?
 子供って——家族じゃないの?
 たしか7人いたけど——この子何番目??
 何も分からないわ——顔も覚えなかったから。

 そうして思いを巡らすうち、プツと意識が途絶えて——。

 再び目を覚ますとそこは、自室だった。
 ベッドで横になった視界には、豪華な天蓋とその先にある高い天井。

 それは見慣れた生家、クレメント公爵邸の光景だ。
 目覚めた場所は、その公爵邸の二階にあるクリスティナの部屋。
 お気に入りのベッドの上だったのである。


 ◇

 クリスティナ・リーズ・ルヴェルディ、それが私の名。
 ルヴェルディ帝国の皇后で、五人の皇子と二人の皇女の母である。

 と言っても、実子は第二、第四皇子と二人の皇女だけ。
 第一と第五皇子は皇室が計画的に側室に生ませて——。
 第三皇子は皇帝がうっかり町娘に身籠らせたと聞いたかしら?

 私と血をわけた子だけじゃ、問題が起こる可能性が高い。
 そう判断されてのことであろう。
 言うまでもなく、皇后である私が悪質すぎたから。

 だけどそんなの、どうでも良かった。
 顔も知らない誰かが計画した子作り合戦なんて——どこ吹く風だもの。
 ただひたすらに、悪女皇后の名に相応しい仕打ちを続けるだけ。
 皇子たちを産んだ側室なんて、今さら居場所すら特定できないはずよ。

 あぁ、なんて楽なんだろう。
 悪役令嬢も悪女皇后も、一度やったらやめられませんよ。

 誰かの顔色を伺う必要もないし、誰かに親切にする必要もない。
 気遣い優しさ何もかも必要なし。

 イライラしたら誰かにあたればいい。
 目の前の相手が生意気なら、平手打ちで思い知らせればいい。

 簡単にスッキリできて、どこまでも楽なのが悪役悪女なんですよ。

 でもね、残念ながら——無事に生き残ることは難しいわね。
 かく言う私も、殺されましたから。

 だからでしょうか?
 こうして死に戻った今、なぜか神様の存在を信じている。

 あぁ神様、感謝いたします。
 どうやら——時が巻き戻ること20年。
 私はまだ、未来の皇帝と出会ってすらいないようですわ。

 ルヴェルディ帝国 クレメント公爵家長女クリスティナ・リーズ・クレメントとして、この自室、このベッドの上から出直させて頂きます。


 ◇

 そうして死に戻ってまいりました。
 それもけっこうな子供時代に——。

「私……こんなに遡っちゃったんだ。いったい今いくつだろう?」

 この姿を見るかぎり、5歳くらいかな?
 手も足も全部、とっても小さい。

「ほんっと可愛いわ。天使以上ね……」

 どれどれ、ちょっとお肌でも触ってみましょうか。
 もちもちだわ——すごい!

「えっと、まずは……使用人に優しくして、言いがかりは厳禁!」

 いわゆる死に戻りってやつだから、
 一度目の記憶を二度目に活かせるって点が有難いわね。

「お嬢様、お目覚めですか?洗顔のお手伝いを致します」
「あ、ありがとう。助かるわ!」

「……!?」

 えっ?なに??
 もしかして私がお礼を言ったことに驚いてるわけ?
 言葉すら出ないじゃない!?

 まぁ——この年齢の頃には既に、悪役だったからね。
 自業自得よ、仕方ない。

 クリスティナの行いを思い出せば思い出すほど——。
「脱!悪役令嬢」が険しき道であることを突き付けられるわね。

 遠い目など通り越して、私は今、人生初!!白目を剥いている。
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