元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
クリスティナを悪役令嬢にしてしまったのは?
二度目の人生、一番初めの食事である。
だから私は、今日の朝食を家族と一緒に食堂で食べることにした。
「皆様、おはようございます」
「クリスティナ、今朝は静かだったようだな」
「はい、お父様。私も5歳になりましたし、これからは公爵令嬢らしく才色兼備を目指してまいります。今までは我儘《わがまま》が過ぎました」
「そうか?……だが、公爵令嬢から我儘《わがまま》を取ってしまっては……。今までと同じで良いのではないか? なぁ、イアン?」
「俺もそう思うよ、クリスティナ。たしかにお前の尻拭いは度を越して大変だったけど、美しいお前が我儘《わがまま》だからといって……誰が咎めるわけでもないだろう?」
好き勝手に甘やかすこの二人は、父のアーノルド・クレメント公爵と兄のイアンだ。
お父様がまだ若い、そしてお兄様もまるで天使ね。
私の容姿は亡くなったお母様譲りらしいけれど、お父様に似ても相当な美人に生まれたんじゃないかしら。
それにしても、この二人の甘々な感じ——。
クリスティナの幼少期から始まったことだったんだわ。
あぁ——なんとなく思い出してきた。
そもそも我が家は『悪役令嬢推奨家庭』だったんじゃないの!?
「まぁ!我儘《わがまま》をやめてしまうなんて言わないで!クリスティナの可愛さが半減してしまいますわ」
継母マチルダよ、心にもないことを言うでない。
あなたのアドバイスはもっぱら「クリスティナ堕ちてけ願望」の上に築かれているんだから。
——誰が信じるもんか!
どうせ私のことなんて、リディア(連れ子)の引き立て役くらいにしか思っていないだろうに。冗談を顔だけで収めることができないらしい。
「私もお義姉さまの可愛らしい我がまま……大好きですわ」
嘘おっしゃい!!リディアよ——。
義妹のアンタが私に仕掛ける小賢しい罠の数々、一度目にぜーんぶ経験済みなんですからね。最初っからストーリー変えて、発生すらしないようにしてあげるわ!
そして『お義姉さま』と呼ぶのもやめてもらわないと。
アンタと私、同じ年に生まれてます。
誕生月だって、たった二ヶ月しか変わりませんから——。
ほぼ双子です。
「なんだか今朝は食欲がくて……私はお先に失礼いたしますね。皆様はどうぞごゆっくり」
早くひとりになりたくて。
私は早々に席を立ち、食堂を後にした。
◇
えっと、家族への宣言は済んだ——。
次は使用人の皆と距離を縮める番かな?
私は部屋に戻るとすぐ、5歳の自分が思うままに行動した。
「ねぇ、あなた!お名前は?」
「リ……リズと申します」
「リズ、今日は庭園を散歩したいから、一緒にドレスを選んでくれない?」
「かしこまりました。では何着かお出し致しますね」
「ありがとう。お願いね」
「…………!?」
またね——…
また変な間があったわね。
私からお礼を言うと、驚くほど分かりやすく固まるみたい。
例外なく、誰もが皆。
ここは自宅だっていうのに。
どれだけ自分が変人扱いされているか、嫌というほど、私は思い知らされることになった。
死に戻ってから、たった二日の出来事である。
「お嬢様、今ご用意できるドレスはこちらでございます」
「ピンクばかりね。他の色はないの?」
「……はい。マチルダ様から、クリスティナお嬢様には必ずピンクをご用意するようにと仰せつかっております」
「わかったわ。ちょっとお兄様のところへ行ってくるわね」
5歳の頃の記憶があんまりないから、なんとも思ってなかったけれど。
どう見たって、私にピンクは似合わないもの。
——地味に継母からイジメられてるよね?
「イアン兄様、失礼いたします。少しお時間をいただけますか?」
「クリスティナ!いいよいいよ、忙しくなんかないから」
「あのぅ……ドレスを作っていただきたくて。クローゼットにピンクのしかないんです。私には他の色の方が似合うかな……って」
「おかしいな……マチルダは、お前がピンクを好むと言うんだ。違うのか?」
「あ、それなら……余計なお願いはしない方が良さそうですね。ピンクのドレスで大丈夫です!このことは、マチルダ様には内緒にしてくださいませ」
「いやいや、今日のうちに仕立て屋を呼ぶから。安心して待っていろ」
◇
「本日は、お呼びいただき有難うございます」
お兄様が準備万端整えてくださって。
応接室にはデザイナーと仕立て屋が呼ばれていた。
クレメント家の専属デザイナー、ドリスだ。
中肉中背の中年男性だがセンスは抜群で、継母マチルダのお気に入りである。
「よく来てくれた。今日は妹のドレスを頼みたくてな。社交シーズンに備えて外出用と室内用、必要なものは全て作りたい。色はピンクを除いて選んでくれ」
「かしこまりました。しかし……以前よりマチルダ奥様から、クリスティナ様にはピンクでお作りするようにと。それ以外の色はお嬢様が好まれないとお聞きしているのですが……」
「ピンクは二度とすすめるな!!妹にピンクが似合うとは誰も思わんだろう!?これからは本人の好きなように決めさせてやってくれ」
「お兄様、ありがとうございます。初めて気に入ったドレスを楽しめますわ。ただ……マチルダ様に知られたら……どうしましょう?」
「安心しろ、私から言ってやろう。機会を見つけてな」
◇
継母のマチルダは、相変わらずの早耳で。
「コホンッ、イアン……今日は急にデザイナーを呼んだとか?」
「あ、はい。社交シーズンにはタウンハウスへ行きますので、クリスティナと私の準備のためです」
「あら?それなら……なぜリディアは呼ばれなかったのかしら?」
「お兄様、ひどいですわ。私も準備が必要ですのに」
この親子が見せるひどい芝居に、私は辟易とした。
劇団員なら、とっくにクビになってるわよ。
「いや、君には必要ないんだ。リディアは直系ではないからな。そもそも社交デビューじたい許されない。我々からの説明が不足していたようだ……すまない」
帝国貴族の社交界デビューには、血筋が何よりも重視される。
家門の直系にしか許されない権利なのだ。
「……だから、シーズン中にわざわざタウンハウスへ行ったところで、肩身の狭い思いをするだけだ。領地で母上と過ごしてくれれば、室内着を新調してやろう」
「まぁ!!なんてことを!私が愛人だったからって……。バカにするつもりね!? 無礼にも程がありますわ。ねぇ?旦那様?」
「……まぁ、そう揉めるな。イアンの言うことは、なんら間違っていない。リディアには気の毒だが、今回は領地に残った方がいいだろう」
しまった——…『ピンクドレス攻め』がマチルダの仕業だってこと、一度目は兄様にチクらなかったんだ。
こんな殺伐とした状況になるとは思ってもみなかった。
お父様とお兄様が、ハッキリとマチルダを退けるシーン。
全くもって、初めて見る光景だわ。
一度目の人生、いつも継母と連れ子が有利だった。
実の娘である私よりも、ずっと——。
まるで見て見ぬふりをするような、事なかれ主義を絵に描いたような。
継母が来てからは、お父様もお兄様もそんな人たちだった。
そうよ——子供の頃、ずっとこんな空気を感じていたんだ。
それで段々と卑屈になって。
ちょっとした侍女への意地悪が快感になって。
誰かが嫌がる姿を見るとスッキリして。
自分が一番上にいるって感じることでしか——安心感を得られなくなっていったんだ。
——思い出したわ。
でも二度は繰り返さない。
絶対に同じ道は歩まないんだから。
「ゴホッ、ゴホッゴホッ…うぅ…ゴホッ」
え?——血?
わたし、血を吐いているの??
「クリスティナ!!大丈夫か!どうした!?」
「く…くるし…」
「医者を呼べっ!!」
目を開けたいのに、瞼が重くって。
視界が狭まっていく——意識も危ないかも——。
私また——死んじゃうのかな?
だから私は、今日の朝食を家族と一緒に食堂で食べることにした。
「皆様、おはようございます」
「クリスティナ、今朝は静かだったようだな」
「はい、お父様。私も5歳になりましたし、これからは公爵令嬢らしく才色兼備を目指してまいります。今までは我儘《わがまま》が過ぎました」
「そうか?……だが、公爵令嬢から我儘《わがまま》を取ってしまっては……。今までと同じで良いのではないか? なぁ、イアン?」
「俺もそう思うよ、クリスティナ。たしかにお前の尻拭いは度を越して大変だったけど、美しいお前が我儘《わがまま》だからといって……誰が咎めるわけでもないだろう?」
好き勝手に甘やかすこの二人は、父のアーノルド・クレメント公爵と兄のイアンだ。
お父様がまだ若い、そしてお兄様もまるで天使ね。
私の容姿は亡くなったお母様譲りらしいけれど、お父様に似ても相当な美人に生まれたんじゃないかしら。
それにしても、この二人の甘々な感じ——。
クリスティナの幼少期から始まったことだったんだわ。
あぁ——なんとなく思い出してきた。
そもそも我が家は『悪役令嬢推奨家庭』だったんじゃないの!?
「まぁ!我儘《わがまま》をやめてしまうなんて言わないで!クリスティナの可愛さが半減してしまいますわ」
継母マチルダよ、心にもないことを言うでない。
あなたのアドバイスはもっぱら「クリスティナ堕ちてけ願望」の上に築かれているんだから。
——誰が信じるもんか!
どうせ私のことなんて、リディア(連れ子)の引き立て役くらいにしか思っていないだろうに。冗談を顔だけで収めることができないらしい。
「私もお義姉さまの可愛らしい我がまま……大好きですわ」
嘘おっしゃい!!リディアよ——。
義妹のアンタが私に仕掛ける小賢しい罠の数々、一度目にぜーんぶ経験済みなんですからね。最初っからストーリー変えて、発生すらしないようにしてあげるわ!
そして『お義姉さま』と呼ぶのもやめてもらわないと。
アンタと私、同じ年に生まれてます。
誕生月だって、たった二ヶ月しか変わりませんから——。
ほぼ双子です。
「なんだか今朝は食欲がくて……私はお先に失礼いたしますね。皆様はどうぞごゆっくり」
早くひとりになりたくて。
私は早々に席を立ち、食堂を後にした。
◇
えっと、家族への宣言は済んだ——。
次は使用人の皆と距離を縮める番かな?
私は部屋に戻るとすぐ、5歳の自分が思うままに行動した。
「ねぇ、あなた!お名前は?」
「リ……リズと申します」
「リズ、今日は庭園を散歩したいから、一緒にドレスを選んでくれない?」
「かしこまりました。では何着かお出し致しますね」
「ありがとう。お願いね」
「…………!?」
またね——…
また変な間があったわね。
私からお礼を言うと、驚くほど分かりやすく固まるみたい。
例外なく、誰もが皆。
ここは自宅だっていうのに。
どれだけ自分が変人扱いされているか、嫌というほど、私は思い知らされることになった。
死に戻ってから、たった二日の出来事である。
「お嬢様、今ご用意できるドレスはこちらでございます」
「ピンクばかりね。他の色はないの?」
「……はい。マチルダ様から、クリスティナお嬢様には必ずピンクをご用意するようにと仰せつかっております」
「わかったわ。ちょっとお兄様のところへ行ってくるわね」
5歳の頃の記憶があんまりないから、なんとも思ってなかったけれど。
どう見たって、私にピンクは似合わないもの。
——地味に継母からイジメられてるよね?
「イアン兄様、失礼いたします。少しお時間をいただけますか?」
「クリスティナ!いいよいいよ、忙しくなんかないから」
「あのぅ……ドレスを作っていただきたくて。クローゼットにピンクのしかないんです。私には他の色の方が似合うかな……って」
「おかしいな……マチルダは、お前がピンクを好むと言うんだ。違うのか?」
「あ、それなら……余計なお願いはしない方が良さそうですね。ピンクのドレスで大丈夫です!このことは、マチルダ様には内緒にしてくださいませ」
「いやいや、今日のうちに仕立て屋を呼ぶから。安心して待っていろ」
◇
「本日は、お呼びいただき有難うございます」
お兄様が準備万端整えてくださって。
応接室にはデザイナーと仕立て屋が呼ばれていた。
クレメント家の専属デザイナー、ドリスだ。
中肉中背の中年男性だがセンスは抜群で、継母マチルダのお気に入りである。
「よく来てくれた。今日は妹のドレスを頼みたくてな。社交シーズンに備えて外出用と室内用、必要なものは全て作りたい。色はピンクを除いて選んでくれ」
「かしこまりました。しかし……以前よりマチルダ奥様から、クリスティナ様にはピンクでお作りするようにと。それ以外の色はお嬢様が好まれないとお聞きしているのですが……」
「ピンクは二度とすすめるな!!妹にピンクが似合うとは誰も思わんだろう!?これからは本人の好きなように決めさせてやってくれ」
「お兄様、ありがとうございます。初めて気に入ったドレスを楽しめますわ。ただ……マチルダ様に知られたら……どうしましょう?」
「安心しろ、私から言ってやろう。機会を見つけてな」
◇
継母のマチルダは、相変わらずの早耳で。
「コホンッ、イアン……今日は急にデザイナーを呼んだとか?」
「あ、はい。社交シーズンにはタウンハウスへ行きますので、クリスティナと私の準備のためです」
「あら?それなら……なぜリディアは呼ばれなかったのかしら?」
「お兄様、ひどいですわ。私も準備が必要ですのに」
この親子が見せるひどい芝居に、私は辟易とした。
劇団員なら、とっくにクビになってるわよ。
「いや、君には必要ないんだ。リディアは直系ではないからな。そもそも社交デビューじたい許されない。我々からの説明が不足していたようだ……すまない」
帝国貴族の社交界デビューには、血筋が何よりも重視される。
家門の直系にしか許されない権利なのだ。
「……だから、シーズン中にわざわざタウンハウスへ行ったところで、肩身の狭い思いをするだけだ。領地で母上と過ごしてくれれば、室内着を新調してやろう」
「まぁ!!なんてことを!私が愛人だったからって……。バカにするつもりね!? 無礼にも程がありますわ。ねぇ?旦那様?」
「……まぁ、そう揉めるな。イアンの言うことは、なんら間違っていない。リディアには気の毒だが、今回は領地に残った方がいいだろう」
しまった——…『ピンクドレス攻め』がマチルダの仕業だってこと、一度目は兄様にチクらなかったんだ。
こんな殺伐とした状況になるとは思ってもみなかった。
お父様とお兄様が、ハッキリとマチルダを退けるシーン。
全くもって、初めて見る光景だわ。
一度目の人生、いつも継母と連れ子が有利だった。
実の娘である私よりも、ずっと——。
まるで見て見ぬふりをするような、事なかれ主義を絵に描いたような。
継母が来てからは、お父様もお兄様もそんな人たちだった。
そうよ——子供の頃、ずっとこんな空気を感じていたんだ。
それで段々と卑屈になって。
ちょっとした侍女への意地悪が快感になって。
誰かが嫌がる姿を見るとスッキリして。
自分が一番上にいるって感じることでしか——安心感を得られなくなっていったんだ。
——思い出したわ。
でも二度は繰り返さない。
絶対に同じ道は歩まないんだから。
「ゴホッ、ゴホッゴホッ…うぅ…ゴホッ」
え?——血?
わたし、血を吐いているの??
「クリスティナ!!大丈夫か!どうした!?」
「く…くるし…」
「医者を呼べっ!!」
目を開けたいのに、瞼が重くって。
視界が狭まっていく——意識も危ないかも——。
私また——死んじゃうのかな?