元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
私を殺した子
アルフォンス殿下の皇太子任命式から一年、私たちの婚約期間も残すところ一年と半年というところまできた。
幸せいっぱいだって思うでしょう?
それが、ちょっとした悩みができてしまって。
———ある日の夕方
「クリスティナ、お願いがある」
殿下が改まって私の前に跪いて。
何かあるんだろうな、とは思ったのだけれど、けっこう堪える内容だった。
アレクシス殿下——アルフォンス殿下のお兄様で皇位継承権を放棄した皇子殿下のお話。今は遠方の領地にいらっしゃるんだけど、その側室レベッカ様との間に生まれたお子さんがいて、まもなく一歳の男の子。
レベッカ様は後宮に上がる際、皇太子妃ゆくゆくは皇妃を狙っていたそう。だから、そう考えれば何の不思議もない話なんだけど、今とっても憂鬱になり——精神疾患を患ってしまったと。
で、これがどういった結果に結びついたかというと、育児放棄や暴力。
既に一度、お子様に怪我が見られたとのことで。
このままでは万が一のことも起こり得るという、皇室の判断が下されたそうだ。
「なんですの?改まって……」
私は殿下の頬に手を置いた。
その手を殿下が握ってくださる、そうしてもらえると分かっていて置いた手だから、無意識にニヤニヤしてしまうのが分かる。
「……ふっ、ティナがピリピリしなくて安心したよ」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。アレクシス殿下のお子様のことでしょうか?」
「あぁ、自分達の子だって先の話だというのに、その子を我々の子として第一皇子に据えよと皇帝陛下から命が下ってね。抵抗はしてみたが、抗いきれなかった」
殿下が自分の頬にある私の手を握ったまま、頬擦りする。
「あらあらまぁまぁ、お安い御用ですわ。お子様はもうご到着で?」
「あぁ、今、両陛下と謁見の間にいるよ。アレクシス兄さんも一緒だ」
私たちも謁見の間に呼ばれているということで、身支度もそこそこに馳せ参じた。そこには小さな男の子を抱いたアレクシス殿下の姿があり、申し訳なさそうに私を見ている。
「大変ご無沙汰をいたしました。皇太子、皇太子妃両殿下にご挨拶申し上げます。お元気でしたか?」
「えぇ、とっても元気です。アレクシス殿下とお子様にお会いできて嬉しく思いますわ。そのお子様が?」
金髪翠眼の小さな男の子は、小さな手をしきりに動かし、アレクシス殿下の髪を引っ張ったり捻ったりして遊んでいる。顔立ちは殿下と瓜二つで、何の鑑定をせずとも、親子関係を証明できそうなほどだ。
この子が、私の一度目の人生で、私に与えた傷とダメージはとっても大きかった。私との婚約期間中に、一度目の夫——アレクシス殿下が側室との閨事に励んだ現実を私に突き付け、『夫の初子』『皇帝の初孫』——私にとって大切な『初めて』を全て奪った子供だから。
一瞬ぼんやりしただけで、とんでもなく冷たい目をしていたのではないか?と不安になる。
「ごめんなさいね、少しぼんやりしてしまって。こちらへいらっしゃい!」
私は両腕を広げ、アレクシス殿下の腕から男の子を預かろうとした。
ちょっと抱いてみたいと思ったから。
「……もちろんです。マリシス、ほら!」
「マリシス……という名なのですね」
私の腕の中へ移ってきた存在、その柔らかな存在を抱きしめよう——そう思った瞬間、マリシスと目があった瞬間に、私は思い出した。
一番恐ろしいけれど、一番思い出したいと思っていた——『あの日』の記憶を、まるで走馬灯の一コマのように取り戻したのだ。
夢のような記憶。
私が殺された日の記憶。
顔がぼんやりとして、まるで霧が立ち込めたような映像でしかなかったのだけれど、今ようやくその霧が晴れた感じだわ。
この目、この緑の目、死ぬ間際に暗闇のなかで光ったエメラルド色。
——そっか、君だったのね。
私の何に怒り、私の何に失望して殺したの?
あの時の私たちの関係は?
一度も会ったことすらなかったはず。
この二度目の世界で、私は君とどんな親子になるのかしら?
それは私次第——なのでしょうね。
「よい家族になりましょうね。私たちならきっと、あなたを愛してあげられる」
自分でも驚くような言葉だった。
無意識に発した自分の言葉が、まるで追い風にでもなってくれるかのように、気分も上々だ。
幸せいっぱいだって思うでしょう?
それが、ちょっとした悩みができてしまって。
———ある日の夕方
「クリスティナ、お願いがある」
殿下が改まって私の前に跪いて。
何かあるんだろうな、とは思ったのだけれど、けっこう堪える内容だった。
アレクシス殿下——アルフォンス殿下のお兄様で皇位継承権を放棄した皇子殿下のお話。今は遠方の領地にいらっしゃるんだけど、その側室レベッカ様との間に生まれたお子さんがいて、まもなく一歳の男の子。
レベッカ様は後宮に上がる際、皇太子妃ゆくゆくは皇妃を狙っていたそう。だから、そう考えれば何の不思議もない話なんだけど、今とっても憂鬱になり——精神疾患を患ってしまったと。
で、これがどういった結果に結びついたかというと、育児放棄や暴力。
既に一度、お子様に怪我が見られたとのことで。
このままでは万が一のことも起こり得るという、皇室の判断が下されたそうだ。
「なんですの?改まって……」
私は殿下の頬に手を置いた。
その手を殿下が握ってくださる、そうしてもらえると分かっていて置いた手だから、無意識にニヤニヤしてしまうのが分かる。
「……ふっ、ティナがピリピリしなくて安心したよ」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。アレクシス殿下のお子様のことでしょうか?」
「あぁ、自分達の子だって先の話だというのに、その子を我々の子として第一皇子に据えよと皇帝陛下から命が下ってね。抵抗はしてみたが、抗いきれなかった」
殿下が自分の頬にある私の手を握ったまま、頬擦りする。
「あらあらまぁまぁ、お安い御用ですわ。お子様はもうご到着で?」
「あぁ、今、両陛下と謁見の間にいるよ。アレクシス兄さんも一緒だ」
私たちも謁見の間に呼ばれているということで、身支度もそこそこに馳せ参じた。そこには小さな男の子を抱いたアレクシス殿下の姿があり、申し訳なさそうに私を見ている。
「大変ご無沙汰をいたしました。皇太子、皇太子妃両殿下にご挨拶申し上げます。お元気でしたか?」
「えぇ、とっても元気です。アレクシス殿下とお子様にお会いできて嬉しく思いますわ。そのお子様が?」
金髪翠眼の小さな男の子は、小さな手をしきりに動かし、アレクシス殿下の髪を引っ張ったり捻ったりして遊んでいる。顔立ちは殿下と瓜二つで、何の鑑定をせずとも、親子関係を証明できそうなほどだ。
この子が、私の一度目の人生で、私に与えた傷とダメージはとっても大きかった。私との婚約期間中に、一度目の夫——アレクシス殿下が側室との閨事に励んだ現実を私に突き付け、『夫の初子』『皇帝の初孫』——私にとって大切な『初めて』を全て奪った子供だから。
一瞬ぼんやりしただけで、とんでもなく冷たい目をしていたのではないか?と不安になる。
「ごめんなさいね、少しぼんやりしてしまって。こちらへいらっしゃい!」
私は両腕を広げ、アレクシス殿下の腕から男の子を預かろうとした。
ちょっと抱いてみたいと思ったから。
「……もちろんです。マリシス、ほら!」
「マリシス……という名なのですね」
私の腕の中へ移ってきた存在、その柔らかな存在を抱きしめよう——そう思った瞬間、マリシスと目があった瞬間に、私は思い出した。
一番恐ろしいけれど、一番思い出したいと思っていた——『あの日』の記憶を、まるで走馬灯の一コマのように取り戻したのだ。
夢のような記憶。
私が殺された日の記憶。
顔がぼんやりとして、まるで霧が立ち込めたような映像でしかなかったのだけれど、今ようやくその霧が晴れた感じだわ。
この目、この緑の目、死ぬ間際に暗闇のなかで光ったエメラルド色。
——そっか、君だったのね。
私の何に怒り、私の何に失望して殺したの?
あの時の私たちの関係は?
一度も会ったことすらなかったはず。
この二度目の世界で、私は君とどんな親子になるのかしら?
それは私次第——なのでしょうね。
「よい家族になりましょうね。私たちならきっと、あなたを愛してあげられる」
自分でも驚くような言葉だった。
無意識に発した自分の言葉が、まるで追い風にでもなってくれるかのように、気分も上々だ。