元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
元悪女皇后、初めての子育て
「殿下、マリシスのことですけど。のんびりでよろしいのでしょうか?」
「……気になるか?私も気になったものでな、父上に聞いてみたんだが……」
マリシスとの対面はつつがなく済んだのだけれど、皇城で本格的に過ごさせるには早いとの判断で。
数ヶ月後には家族としてやってくる——ということ以外、まだ未定のままだ。
「クリスティナ様、こちらのコートはいかがでしょう?成長に合わせてサイズの変更も承ります」
今朝は仕立て屋を呼んで、マリシスを迎える準備をしている。
サイズはアレクシス殿下から聞いてあるし、似合う配色も分かっていて。
それなのに本人がまだいないのが——寂しいわね。
マリシスは人見知りでも不健康でもない。
とすれば、母君の精神疾患が治らないとしても、まだ即日の迎え入れは不要——と判断されたのか?
アルフォンス殿下が仰るには、皇帝陛下から私たちへの配慮だそうで。存外、陛下もお優しいところがある。あれでよく『血の皇帝』など恐ろしい異名を付けられたものだ。
「私から陛下にお願いしてみようかしら。早めに迎えたいと」
「ティナは、それでいいのかい?」
「はい、なんの問題もございません。早ければ早いほど馴染むのではないかと思います。結婚の儀にも同席させたいですし」
「ははっ!妻になる人が君で本当によかった。その肝の座り様は、他の女じゃ真似できないよ」
「笑い事じゃありませんよ、これからが大変です。母君に怪我をさせられた経験は見過ごせません。心の傷として内包しているかもしれませんから」
◇
それから二ヶ月が経った頃、乳母と侍女に付き添われて、マリシスが皇城へやってきた。一緒に帰りたがる可能性を慮ったのか、アレクシス殿下は付き添われなかった。我が子を手放すだけでも悲しいはずなのに。
レベッカの様子をマリシスの乳母にたずねると、まるで機密事項であるかのように口を閉ざした。
「何か仰いよ。そんなにレベッカ様のお加減はよろしくないの?」
「ご、ご勘弁を。私ごときには……」
これ、何かあるわよね——?
もうこの世にいらっしゃらないって言われても納得できる、そんな隠し具合である。
私の人生、今が二度目。
レベッカのことを気にかけるには、それなりの理由がある。
それは、一度目の記憶に残った『過去の事実』——。
一度目の人生で私は、このレベッカを襲わせた。
年齢から考えて、現在よりだいぶ先のことだろう。
理由は私より先に男児を産んだから。
いやいや、私より先に子供を産んだからだ。
あぁ——それ以前に夫と関係を持ったから——だったか。
二度目の今回は——顔を合わせたことすらないけれど、彼女はなかなかの曲者で。アレクシス殿下と初めて情を交わした際などは、まさに騙し討ち。媚薬を使って籠絡したと言うから、只者ではない。
それを知った私は激昂して——。こちらが彼女を「始末しろ」と言うのと同時に、あちらも私を始末するよう指示を出していたくらいの曲者なのだ。
稀代の悪女と呼ばれた私と、頭のイカれた愛人レベッカの一騎討ち。それは見事に後宮の見世物となり、幾度となく両者の牽制が繰り広げられた。
下手な町場の芝居よりずっと、人気シリーズと化しそうな勢いだったのである。
私にとって、いわゆる『黒歴史』の一つといったところ。
だから、二回目の今世——レベッカを消さなかったことで、ほんの少しでも何か変わっていることがあるはず。
その変化が何か?早く知りたい気もするけれど——今はまだその時じゃない。
私はただ、目の前のことを誠実にこなしていけばいい。
そして子育てについて。
皇帝皇后両陛下からは『全くしなくて良い』と言われたのだけれど、そんな手抜きはできない。
一つの手抜きが、大きな誤算を招くことなるかもしれないから。
万が一にも、一度目と同じ結末になってしまうことがないように——。
初めが肝心なのだと腹を括って、この手で育ててみることにした。
だけど、これがまた夜泣きの酷い子で。
一度目は大人になったこの子に剣でバッサリやられ、二度目は泣き声でジワジワやられている。
昼間は乳母が面倒を見てくれるからマシだけど、それでもまだ気を抜けない。
意外や意外、私に懐いて昼間も離れないからだ——。
——いつからこの子は私がいないと泣くようになったのだろう?
「やはりクリスティナ様じゃないとダメなようです」
「そ、そのようね。……よく見るとアレクシス殿下にそっくりじゃない?(よく笑って……何がそんなに面白いのかしら?)」
かくして私はマリシスに気に入られ、昼も夜も共に過ごすことになったのである。
「……気になるか?私も気になったものでな、父上に聞いてみたんだが……」
マリシスとの対面はつつがなく済んだのだけれど、皇城で本格的に過ごさせるには早いとの判断で。
数ヶ月後には家族としてやってくる——ということ以外、まだ未定のままだ。
「クリスティナ様、こちらのコートはいかがでしょう?成長に合わせてサイズの変更も承ります」
今朝は仕立て屋を呼んで、マリシスを迎える準備をしている。
サイズはアレクシス殿下から聞いてあるし、似合う配色も分かっていて。
それなのに本人がまだいないのが——寂しいわね。
マリシスは人見知りでも不健康でもない。
とすれば、母君の精神疾患が治らないとしても、まだ即日の迎え入れは不要——と判断されたのか?
アルフォンス殿下が仰るには、皇帝陛下から私たちへの配慮だそうで。存外、陛下もお優しいところがある。あれでよく『血の皇帝』など恐ろしい異名を付けられたものだ。
「私から陛下にお願いしてみようかしら。早めに迎えたいと」
「ティナは、それでいいのかい?」
「はい、なんの問題もございません。早ければ早いほど馴染むのではないかと思います。結婚の儀にも同席させたいですし」
「ははっ!妻になる人が君で本当によかった。その肝の座り様は、他の女じゃ真似できないよ」
「笑い事じゃありませんよ、これからが大変です。母君に怪我をさせられた経験は見過ごせません。心の傷として内包しているかもしれませんから」
◇
それから二ヶ月が経った頃、乳母と侍女に付き添われて、マリシスが皇城へやってきた。一緒に帰りたがる可能性を慮ったのか、アレクシス殿下は付き添われなかった。我が子を手放すだけでも悲しいはずなのに。
レベッカの様子をマリシスの乳母にたずねると、まるで機密事項であるかのように口を閉ざした。
「何か仰いよ。そんなにレベッカ様のお加減はよろしくないの?」
「ご、ご勘弁を。私ごときには……」
これ、何かあるわよね——?
もうこの世にいらっしゃらないって言われても納得できる、そんな隠し具合である。
私の人生、今が二度目。
レベッカのことを気にかけるには、それなりの理由がある。
それは、一度目の記憶に残った『過去の事実』——。
一度目の人生で私は、このレベッカを襲わせた。
年齢から考えて、現在よりだいぶ先のことだろう。
理由は私より先に男児を産んだから。
いやいや、私より先に子供を産んだからだ。
あぁ——それ以前に夫と関係を持ったから——だったか。
二度目の今回は——顔を合わせたことすらないけれど、彼女はなかなかの曲者で。アレクシス殿下と初めて情を交わした際などは、まさに騙し討ち。媚薬を使って籠絡したと言うから、只者ではない。
それを知った私は激昂して——。こちらが彼女を「始末しろ」と言うのと同時に、あちらも私を始末するよう指示を出していたくらいの曲者なのだ。
稀代の悪女と呼ばれた私と、頭のイカれた愛人レベッカの一騎討ち。それは見事に後宮の見世物となり、幾度となく両者の牽制が繰り広げられた。
下手な町場の芝居よりずっと、人気シリーズと化しそうな勢いだったのである。
私にとって、いわゆる『黒歴史』の一つといったところ。
だから、二回目の今世——レベッカを消さなかったことで、ほんの少しでも何か変わっていることがあるはず。
その変化が何か?早く知りたい気もするけれど——今はまだその時じゃない。
私はただ、目の前のことを誠実にこなしていけばいい。
そして子育てについて。
皇帝皇后両陛下からは『全くしなくて良い』と言われたのだけれど、そんな手抜きはできない。
一つの手抜きが、大きな誤算を招くことなるかもしれないから。
万が一にも、一度目と同じ結末になってしまうことがないように——。
初めが肝心なのだと腹を括って、この手で育ててみることにした。
だけど、これがまた夜泣きの酷い子で。
一度目は大人になったこの子に剣でバッサリやられ、二度目は泣き声でジワジワやられている。
昼間は乳母が面倒を見てくれるからマシだけど、それでもまだ気を抜けない。
意外や意外、私に懐いて昼間も離れないからだ——。
——いつからこの子は私がいないと泣くようになったのだろう?
「やはりクリスティナ様じゃないとダメなようです」
「そ、そのようね。……よく見るとアレクシス殿下にそっくりじゃない?(よく笑って……何がそんなに面白いのかしら?)」
かくして私はマリシスに気に入られ、昼も夜も共に過ごすことになったのである。