元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜

後妻と連れ子がココにいる理由

 クリスティナの寝室では、今この瞬間、誰もが恐怖と戦っている。
 未だ意識の戻らぬ娘のために、公爵自ら傍に付き添い調査の指揮を取っているからだ。

「父上、食事から毒は出ませんでした」
「そうか……。クリスティナには持病もなかったはずだが」

 症状に全く心当たりがないこともまた、不安を増長させている。
 そこにようやく歯止めをかけたのは、主治医のセイモアだった。
 彼自身も驚いたようにこう言う——。

「クリスティナお嬢様は恐らく……魔力中毒症でしょう」
「……魔力?生まれてから一度も感じたことないが?」

「隔世遺伝で魔力を受け継がれた可能性もございます。突然の発現ですと、お嬢様にとって大きなご負担かと存じますので、神殿にご相談されてはいかがでしょう?」

「わかった。タウンハウスに向かう日程を早めるとしよう。イアン、いいな?クリスティナの体調が戻り次第、準備を始めるように」

「承知いたしました。お父様も同じ日程で動かれますか?」
「もちろんだ。クリスティナが目を覚ましたら知らせるように」

 アーノルドはクリスティナの部屋を後にして執務室へと向かった。
 感情のやり場に困った時、取り乱した心を落ち着ける時には執務室が一番だ。
 そして彼は今、クリスティナの誕生と共にこの世を去った美しき妻、ジェルミナに思いを馳せている。

「もう5年か……」

 ジェルミナは隣国の王女であったが、アーノルドと愛し合い海を越えてルヴェルディ帝国へ嫁いできた。

「もしかすると君にも『魔力』が宿っていたのかもしれないな。王家の血筋に受け継がれると聞くから。今となってはもう教えてもらえないな……ジェルミナ」

 一つ大きな息を吐くと、また一歩、妻の肖像画に歩み寄る。
 愛おしそうに呟くその時、執事が報告にやってきた。

「マチルダ様が、クリスティナお嬢様を見舞いたいと仰せです」
「クリスティナの部屋には入れるな。絶対に二人きりにするんじゃないぞ!あの子の意識が無いうちは尚更だ。マチルダがクリスティナの顔を見たい?……あの女がそんなことを思うはずがないだろう?何を企んでいるんだ」
「承知いたしました。目を離さないようにいたします」

 ———家族の肖像画を前にアーノルドは、過去の出来事を振り返る。

 マチルダは後妻だ。
 妻を亡くして憔悴(しょうすい)する俺に嘘で近付き、後妻の座を手にした。
 よほど高貴な暮らしに憧れていたのだろう。
 貴族の未亡人であると誤解させるような言いぶりで俺を信用させ、あっという間に身体の関係にまで持ち込んだ女だ。

 俺にはその夜の記憶が無い。
 薬を使われた可能性を疑うほどに、全く。
 その疑いは今でも晴れないが、己が招いた結果——。
 受け入れるしかない。

 公爵家の当主として、見知らぬ女に容易に心を許すなどすべきではなかった。
 そのことは私を今でも苦しめ、3年を経た今でも後悔している。

 マチルダは赤い髪こそ珍しいが、顔にはこれといった特徴も無くて。
 いたって平凡な女だ。
 そう——俺が妻に迎えるほど惚れ込むはずもない女。

 性格も良いわけではない。
 むしろ悪いな——。

 この婚姻は、雇用関係のようなもの。
 俺にとって都合良く事を運ぶため、仕方なく結んだ婚姻関係だ。
 公爵家を守る人間として、「平民の女性に手を付け、簡単に捨てた」などという評判を立てられては困るからな。

 幸いにもマチルダは、自分の魅力で妻の座を得たと勘違している。
 だから今はまだその勘違いを利用して——どんなに嫌でもこのままにするしかないんだ。

「全く信用ならない親子との同居、滑稽(こっけい)だな」

 クククッと笑いを漏らすと、アーノルドは椅子にドカリと腰を下ろした。
 なんとも自嘲に満ちた笑いだった。

「マチルダに私との子が無いこともまた救いだな。イアンとクリスティナを守ることが一番の……父親として一番の仕事だからな」

 ちょうど回顧を終える頃、イアンが駆け込んでくる。
 軽く息を切らし、頬を高揚で赤く染めている。

「クリスティナが目を覚ましました!!」
「わかった、すぐに行く」

 執務室を出たアーノルドは、クリスティナの寝室へと急いだ。

 ◇◇◇

「ティナ……大丈夫か?」

 ティナは、クリスティナの愛称。
 マチルダとリディアのいない所でしか呼ばれない愛称だ。

「お父様、大丈夫です。血を吐いたのは覚えています……」
「話さなくていい。医者が言うには、魔力中毒症だそうだ。知っていると思うが、魔力の量に身体が追い付かず発症することが多い。簡単に言うと、ティナの持つ魔力量が、身体に対し過剰だということなんだ」

「そうなんですか?わたしの魔力……?」
「お前のお母さんが隣国の王女だという話は覚えているね? おそらく……その血筋から受け継いだのだろう。タウンハウスへ早めに行って、神殿に相談しよう」

「わかりました。神殿は皇城の敷地内でしたわね?」
「そうだ。ついでに陛下にも挨拶に伺おうか」

「………(あ、ちょっと待って!!皇族とご縁ができたら困る……)」
「どうした?嫌なのか?」

「嫌というわけではないのですが、緊張しますし……。今の体調では自信がないなって不安になりました」
「そうか、まぁ無理にとは言わん。その日の体調で決めよう」

「ありがとうございます」
「さぁ少し休みなさい。ドアの前に騎士を立たせて、私とイアンしか通さないよう言ってあるから」

 マチルダとリディアが来る前、まだよちよち歩きだった頃は「パパ」って呼んでたな。今だって「パパ」って呼びたいのに——なんだか困らせそうで言えない。

 こういうメンタルの積み重ねが悪役令嬢を育ててしまうのよ。
 継母と連れ子に振り回されるストレス、この——何だろう?
 積み重ねていく感覚?
 少しずつ思い出してきたな——。
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