私の愛した彼は、こわい人
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マンションに帰るなり、彼は汚れたスーツを脱ぎ捨てた。
椅子に雑にかけられたダークスーツを見ると、なんとも言えない気持ちになる。帰ってからも、私はずっと悶々としている。
窓の外に映る東京の夜は今宵も変わらず美しい。この景色を見飽きることなんてない。
会話を交わすこともなく、なにもない時間が流れていった。
そんなとき──不意に、背後から大きなぬくもりに包まれた。
窓ガラスには、彼が私の背中を抱き寄せている姿が映っている。
「……オーナー?」
彼に抱きしめられると心地がいいはずなのに。今日は心のわだかまりのせいで、安らぎが感じられない。
彼は項垂れ、私の耳元で囁く。
「アスカ」
体は、なんて正直なんだろう。優しく名を呼ばれるだけで全身が火照り、心臓が早鐘を打ちはじめた。
彼は抱き寄せる力を強くして、私の頬に顔を近づけてくる。
「こっち見て、アスカ」
聞いたこともないような高い声。
どうして。なんで? こんなに甘えてくるの……?