私の愛した彼は、こわい人
 いつもと様子が違う彼の振る舞いに違和感を覚えた私は、途端に冷静さを取り戻す。

「待って、オーナー」

 やっぱり、教えてほしい。モヤモヤしたままなんて無理。
 おもむろに両腕から離れ、私は体を彼の方に向けた。

「お店でなにがあったんですか。怪我は大丈夫ですか? スーツまで汚れていますよ」
「それは」

 彼の瞳が、揺れた。
 ほら。なにかを隠してる。

「……悪い。先にシャワー浴びてくる」
「えっ」
「さっさと汗を流したい」

「すまない」と言って、彼は着替えを持ってせかせかとシャワールームへ行ってしまった。 
 ……なに、それ。
 今、あきらかに逃げられた。
 ……どうして、隠そうとするの?

 これ以上は深入りしない方がいいんだという思いと、彼が頑なに話そうとしてくれないことに対する疑念が膨らみ、やるせない気持ちになる。
 スーツは放置されたまま。
 シワができてしまう前にクローゼットにしまっておこう。
 おもむろに手に取ると、胸ポケットからスマートフォンが滑り落ちた。ゴトッと鈍い音を立てて床の上に転がる。
 仕事用の、スマートフォン。

「……ロックが、解除のままになってる」

 一度、シャワールームの方を振り返る。
 彼は、だいたいいつも一五分くらいシャワーを浴びるから……。
 再度スマートフォンを見下ろした。そっと手に取り、私は悪魔の囁きに導かれるように中を確認してしまった。
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