私の愛した彼は、こわい人
 ……、頭の中が、真っ白になった。
 小野タクトって。
 タクトのこと……だよね?
 なんで、タクトが。
 彼のお店でなにをしてるの……?

 スマートフォンをスーツのポケットに戻すが、手が勝手に震えてしまう。
 落ち着いて。落ち着いて。
 クローゼットにスーツをしまった。
 なにも見なかったことにしたい。忘れたい。

 彼がシャワーを浴びている間、晩ご飯でも用意しておく? なにを作ろうかな。
 冷蔵庫を開けて食材を確認しても、全然頭が働かない。
 ああダメ。
 集中できない。
【小野タクト】の文字が、どうしても離れなくて。
 なにがどうなっているの。

「アスカ」
「……ッ!」

 後ろから声をかけられ、音にもならない叫び声が漏れた。

「すまん、そんなに驚くなよ」
「いえ、違うんです。私……」

 たどたどしい答えになってしまった。
 彼は、まだ半乾きの髪をタオルで拭きながら私の前に立つ。ふわっとシャンプーの香りがして、こんなときでさえもドキッとしてしまう。

「顔色が悪いぞ」
「なんでもないです。その、ご飯なにを作ろうかなって……」
「今日は遅いしたまにはデリバリーでもいいんじゃないか。ウーバーでも頼むか」
「……はい」
「アスカもシャワー浴びて来いよ」

 なんで。どうしてよ。なんでもない顔をしていられるの? お店でタクトになにかやられたんでしょう?
 大変なことが、起きているんじゃないの……?
 シャワーを浴びている間も、上がってからも、晩御飯を食べた後も、考え事をしてばかり。
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