私の愛した彼は、こわい人
 ケラケラ笑いながら、コハルは急に声量を落としてこんなことをごちる。 

「……ていうかさ。なんか神楽オーナー、ちょっと変だったよね?」
「変?」
「初っ端から店長には『お前らの名前に興味ない』なんて、バッサリ切ったくせに。アスカの名前は自分から訊いてたでしょう? あれ、なんだったのマジで」
「そうだね。たしかに訊かれた」
「もしかして。アスカ、狙われてるんじゃないの!?」
「ええ? 今日初めて会ったばっかりなのに」
「一目惚れされてたりして! でもアスカにはラブラブな彼氏がいるから、あんな強面オーナーに気に入られても困るよね!」

 コハルは鏡を見ながら口紅を塗り直している。彼女の唇は艶が出てもお喋りが止まらない。

「しかもさ、神楽オーナーってなんかあっち系の人(・・・・・・)みたいじゃない?」
「あっち系? どういうこと?」
「怖い人だよ! わかるでしょ」

 あっち系の……怖い人。
 え?

「まさか、神楽オーナーがヤクザだって言いたいの!?」
「しーっ! 声が大きいよ。もし聞かれてたらどうすんの!」

 コハルは慌てたように「神楽オーナーって背も高いし、厳ついけど格好いいよね~」「室内でもグラサンかけてるとか超イケてる!」「声も低音でガチでセクシーだし!」なんて言ってる。
 本人は不在なんだから変に誤魔化さなくても……。

「冗談よしてよ、コハル。たしかに神楽オーナー、見た目も雰囲気も話しかたもちょっと怖く感じるけど。ヤクザがベル・フルールのオーナーになるわけないでしょう? 前オーナーは真っ当な人だったんだから」
「あの優しいおばちゃんねぇ。エステの技術も知識も凄かったのに、病気になっちゃったんだよね。泣く泣くオーナーチェンジしたって」
「阿川店長がそう言ってたね」
「ベル・フルールのこと本当に大事にしてた人だったし。藁にもすがる想いで神楽オーナーにサロンを託したんじゃない? たとえヤクザでも」
「ちょっと……コハル。何事も決めつけるクセ、やめない?」
「あはっ。あたしの勘ってだいたい当たるからさ。とにかく! 神楽オーナーに狙われてたら、アスカ、マジで気をつけなね!」

 もはや苦笑する他ない。
 今回のコハルの勘も、現実ではないことを願うばかり……。
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