私の愛した彼は、こわい人
 どうして。頭がクラクラしてる。胃の中も気持ち悪くて……まずい。吐き気が、する。
 口を押さえ、私はトイレへ駆け込んだ。
 便器に向かって項垂れると、口の中から大量の唾液が溢れ出た。ランチに唯一口にできたトマトスープを全て吐き戻してしまう。
 嘘…… 
 まさか胃腸炎? ノロウイルス? 最近、変なもの食べちゃったかな……
 しばらくトイレから出られなかった。戻す物がなくなるくらい吐き、気持ち悪さに悶え続ける。

 ずっとここにいるわけには……
 そろそろ沢田様のパックの時間が終わっちゃう。施術は最後までしないと。
 長く、長く深呼吸をする。
 気分が悪くても、絶対に顔に出さないように。私はエステティシャンなんだから。
 しっかりして!
 意を決してトイレから出ると──ちょうどコハルが通りかかった。

「あっ。幸せ者のアスカ! お疲れーって……あれ? どうしたの!?」

 満面の笑みだったコハルの表情は瞬時に焦燥の文字に変わる。

「すごい顔してるよ。大丈夫!?」
「うん……大したことない」
「唇も真っ青じゃん! 休んでなよ!」
「でも、沢田様が」
「──鈴本さんっ?」

 騒ぎを聞きつけたであろう店長まで私のところへ駆けつけてきた。
 せめて沢田様のケアが終わるまで、と訴えたが阿川店長に「無理をしてお客様に迷惑をかけるのは一番やってはいけないこと」と厳しめに言われ、私は泣く泣くコハルに引き継いだ。

 しばらく施術ベッドで横にさせてもらったが、一向に体調はよくならない。
 この頃から私の中で、ある「違和感」が湧いた。
 店長から連絡を受けたジンさんが、閉店間際にサロンまで来てくれた。
 そのときの彼の焦った表情が忘れられない。
 サロンのみんなに心配されながら、私はジンさんの車に乗せてもらいマンションへと帰った。
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