私の愛した彼は、こわい人


 点滴を終え、会計をしてクリニックをあとにした。
 点滴のおかげか、今は吐き気や怠さは収まっている。けれど心は沈んだまま。

 新宿の街を歩く。ノロノロと当てもなく歩く。
 忙しそうに道を行き交うサラリーマン。大きなキャリーケースを転がす観光客らしき外国の人たち。道路を走るたくさんの車。小さな街を覆う巨大なビル群。
 いつもと変わらない風景。それが今の私にとっては灰色の世界にしか映らない。

 西新宿駅前を過ぎたところで小さな神社を見つけた。こんな大都会に、神社なんてあったんだ。
 帰る前、境内に足を踏み入れてそこにあった石段に腰かけて休む。
 さなか、鞄から着信音が鳴り響いた。
 ……ジンさんからだ。
 一度躊躇するものの、震えた指で通話ボタンをタップする。

『アスカ? どうして家にいないんだ。今、どこにいるっ?』

 焦ったような声。
 時刻は午後三時過ぎ。
 ジンさん……もう帰ってきたんだね。

「今、西新宿駅近くです」
『駅のどの辺りだ?』
「神社があったのでそこで休んでいます。さっき病院に行ってきました」
『そんな。迎えに行く』
「いえ、大丈夫です。タクシーを拾ってすぐに帰りますから」
『まだ体調がよくないだろ?』
「点滴を打ってもらったら少し楽になりました。心配しないでくださいね」

 ジンさんは最後まで心配してくれていたが、私が大丈夫と言い続けると『気をつけて帰って来いよ』と納得してくれた。 
 ジンさん……ごめんなさい。本当はもう少しだけ一人になりたくて。帰りが遅くなるかもしれません。
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