私の愛した彼は、こわい人
 通話を切り、ぼんやりと境内を見回す。こじんまりとしていて私以外誰もいない。考え事をするのに最適な環境だ。
 ふと鞄から取り出したのは、クリニックでもらったエコー写真。小さな命を写す、白黒の写真。

「妊娠七週だなんて……」

 エコー写真を眺めるうちに、ため息が溢れた。最近の体調不良はつわりの症状だったの?
 嘘だよ。タクトとの間にできた子だなんて。信じられない……信じたくない!
 息が上がり、心臓がバクバクとうるさく音を立てる。
 なんで。こんなことに。せっかく幸せになれたと思ったのに。ジンさんとこれから楽しい思い出をたくさん作るはずだったのに! 私は、タクトの呪縛から逃れられないの……?
 強く、自分のお腹を抱きかかえた。
 嗚咽が漏れる。止めようとしても無理だった。寒空の下、私は独り泣き叫ぶことしかできなかった。


 ──それから何分、何十分過ぎただろう。もしかして数時間が過ぎたかもしれない。
 体は冷え切り、顔中も涙や鼻水でびしょ濡れだった。
 ティッシュで顔周りを拭いた。頬がヒリヒリして痛い。
 全てから逃げ出したくなった。いっそ誰にも何も言わず、お腹の子と二人で……
 私の脳裏に、そんなことがよぎったときだった。

「アスカ」

 背後から、男の声が聞こえてきた。
 でもそれは……大好きな人の声なんかじゃない。
 幾度となく私を攻撃し、傷つけ、罵ってきた悪魔の声…… 

「タクト!?」

 目の前には、スーツ姿でこちらを見下ろすタクトが立っていた。 
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