私の愛した彼は、こわい人
 な、なんで? なんでいるの……?
 心臓が止まりそうになり、体が強張って動かない。
 タクトはゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
 怖い。嫌だ。来ないで。来ないで!!
 恐怖のあまり目を背ける。
 すると──冷たい手に、体を触られた。強い力で引き寄せられた。
 ……タクトに、抱きしめられている。
 体が、心が、瞬時にタクトを拒否した。力が入らず、逃れることもできず。
 全身がガタガタと震える。

「アスカ。大丈夫?」

 耳元で、そう囁かれた。
 ……大丈夫なわけない。やめて。優しい声で喋らないで。

「すごく震えているよ。寒いんだね」

 違う。そうじゃない……。怖いの。あなたのことが、怖くてたまらないの!
 私がなにも言えずに固まっていると、タクトはおもむろに私の首元にマフラーを巻き付けようとしてきた。
 刹那、過去の出来事がよぎる。タクトから首を絞められ、罵られ、苦しめられた忌まわしい記憶。
 ハッとして、私はタクトの胸元を両手で押し出した。
 タクトは眉を潜めながらも笑っている。

「どうしたんだよ。寒そうだからマフラーであたためようとしただけだよ?」
「い、いらない」

 弱々しく、拒絶の言葉を口にするので精いっぱい。

「風邪を引いたら大変だろ? アスカは妊婦さん(・・・・)なんだから」
「……えっ?」
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