私の愛した彼は、こわい人
 タクトは一瞬驚いた顔をしたが、鼻で笑うと私の顔をぐっと覗き込んでくる。 

「落ち着いて。悪かったって思ってるよ」
「謝っても……許さない」
「怒ってるアスカも可愛いね。でもあんまりイライラしてると、お腹の子が驚くだろう?」

 そう言いながら、タクトはさっと私のお腹に手を伸ばしてきた。
 私は素早くその手を振り払う。

「触らないで」
「どうした? 撫でたっていいじゃないか。僕には、その権利がある。だって僕は赤ちゃんのお父さん(・・・・)なんだから」

 お父さん。
 タクトは、お腹の子のお父さん。
 その言葉を聞いて、吐き気がした。つわりのせいじゃない。激しい嫌悪感に襲われた。
 嫌だよ。タクトが……この人が、お腹の子の父親だなんて思いたくない!!

「さあ、アスカ。今後のことを話し合おう。僕は覚悟を決めてるよ。君のこともお腹の子のことも養うから安心してね」
「……なに、言ってるの?」
「赤ちゃんが僕たちを繋げてくれたんだ。幸せな家庭を築こう。結婚式はいつにしようか。やっぱりお腹が膨れる前がいいのかな」
「やめて。やめてよ……」
「入籍日も決めないと。細かいことはアパートに帰ってから話そうね」

 恐ろしいほどに、穏やかな口調で勝手に話を進めようとする男。
 この人は、本物の悪魔だ。
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