私の愛した彼は、こわい人
 タクトの放ったひとことが、境内に大きく反響した。
 息が、苦しい。胸が、痛い。
 ジンさんに事実を聞かれてしまった。もはや、弁解の余地もない。
 ジンさん。ごめんなさい。ごめんなさい……。

「僕たち二人の愛の結晶だ。ククク……どうだ悔しいか。お前が奪おうとした女は、結局僕のものになるんだよ。ざまあ見ろ、神楽。あははははは!!」

 下品に笑い声を上げるタクト。
 全部、終わりだ。もう、なんにも考えられない。考えたくもない。
 頭が真っ白になった──
 次の瞬間。
 突如、背後からジンさんの陰が現れた。数秒もしないうちに鈍い音が鳴り響く。

「……え」

 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
 握り拳を掲げているジンさんがいて。すぐ横に、タクトが尻餅をつく姿があって。
 怒りに燃えるジンさんの表情と、赤く染まるタクトの頬を見て理解せざるを得なかった。
 ジンさんが、タクトを殴ったんだ……
 タクトは目を見開き、唖然としていた。けれどもすぐに立ち上がり、すかさずジンさんを殴り返してしまう。

「本性表したな、この反社(・・)が」

 タクトの顔は憎悪にまみれて、彼を挑発している。
 双方、ただただ感情に流されて殴り合っているだけだ。

「……や、やめて」

 ジンさんの、顔が、怖い。
 彼の目は、これまでにないほど憎しみに支配されている。
 サングラスにヒビが入っても気にも留めず、口から唾を吐き出してタクトに対抗し続ける。

「やめて……やめてよ」

 私の叫び声なんか、彼らにはまったく届いていない。
 暴力で暴れ狂う彼の姿を見て、私は震えが止まらなくなった。
 嫌……嫌だ。
 見たくない。ジンさんが怒りに任せて誰かを殴る姿なんか、見たくない!

「お願い、二人とも。もうやめて!!」

 私の叫び声は、境内に虚しく響き渡る。 
 自分の無力さに、私は落胆するしかなかった。
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