私の愛した彼は、こわい人
 息が、上がる。一歩進むたびにめまいがして吐きそうだ。
 彼から離れるために家を飛び出したが、想像を絶するほどのつらさ。こんな状態で、当てもなく歩くなんて無謀だ。
 マンションのエントランスを出て建物の裏側に回る。
 外の冷たい風が、容赦なく私の体温を奪っていく。
 ……ダメだ。気持ち悪い。歩けない。
 人気のない路地に周り、腰を下ろした。
 私、なにやってるんだろう。計画性もなくて、お腹の子をどうするのかも決められなくて、好きな人からも逃げている。
 地面に蹲り、目を閉じた。
 今にも気絶してしまいそうだ──
 そんなとき、不意に、鞄の中でスマートフォンが震えた。確認してみると、ユウキさんからの着信だった。
 電話に出るなり、ユウキさんの不機嫌そうな声が聞こえてきて。

『ちょっとアスカ? なにしてんのよ。さっきからインターホン鳴らしてるんだけど』

 無視するなんて酷いわねぇ、とため息を吐かれる。
 インターホンって。まさか。

「ユウキさん、マンションに来てるんですか……?」
『あんたが心配だから様子見に来てやったの。さっさとロック解除しなさいよ』

 と、言われても。私はもう、ジンさんの部屋にはいない。

「ごめんなさい……できません」
『なんでよ』
「……部屋を出て行きました」
『は』

 電話の向こうでユウキさんが驚いた顔をしているのが想像できる。
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