私の愛した彼は、こわい人
「もう、逃げるのはやめよう」

 自然と溢れた言葉。それはまるで、弱い自分に言い聞かせるような台詞だった。
 大きく、大きく、深呼吸する。
 こんなことしてる場合じゃない。部屋に、戻らなくちゃ。ユウキさんに迎えに来てもらわなくても、自分の力で帰れる。
 呼吸を整え、私は無い力を無理やり振り絞った。立つだけで倒れてしまいそう。でも、帰るの。帰らなきゃ!
 そうやって、自分に活を入れた。
 ……そんなときだ。

「逃げるのはやめようね」

 不意に、背後から、男の声が聞こえてきた。
 怖いくらい陽気で、妙に楽しげだ。
 その声を聞いた瞬間、私の血の気が引く。
 ……なんで。なんでよ。どうしていつも、こんな最悪なタイミングで。

「タ、タクト……?」

 振り向くと、声の主は、冷酷な眼差しで私のことを睨みつけていた。
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