私の愛した彼は、こわい人
「もう、やめてよ。私たちに一切関わらないでよ……!」
「はあ。僕に命令するなんて、ずいぶん生意気だな」

 タクトは強烈な力で、私の髪の毛を鷲掴みにしてきた。あまりの痛さに涙が滲み出る。

「や、やめて」
「やめないよ? 言ったよね。お前を不幸にしてやるって」

 タクトは低い声で毒を吐き捨てた。

「お前の幸せは神楽といることだ。じゃあ、その逆は? お前にとっての不幸は?」

 ……あなたのそばに、いること。

「そうだ。僕と一緒にいることがお前の不幸。だから永遠に僕のそばにいてね、アスカ」

 そう言って、タクトはおもむろに私の肩を抱き寄せてきた。
 瞬間──
 お腹の辺りが、急激に冷たくなった。

「……あ……。……!」

 声にならない叫び声が漏れる。
 腹部に、なにか、鋭利なものが当たった。ドクドクと脈が打ち、どんどん激しくなっていく。
 やがてタクトが私の体を離すと、彼の服が真っ赤に染まっていた。
 息が、苦しい……。
 全身に汗が吹き出て、呼吸がしづらい。 
 なに? なにが起きたの……?
 おそるおそるお腹を触ってみる。すると、ドロッとした液体が大量に溢れていた。
 ──血だ。
 お腹から、大量の血が流れている。
 目の前のタクトが手にするものは。
 夥しい量の血がついた包丁だった。
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