私の愛した彼は、こわい人
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「ジンさん。私、帰る前にお墓参りに行きたいんです」
病院に迎えに行ったとき、アスカは掠れた声で俺にそう訴えてきた。
突拍子のない要求に、俺は眉をひそめる。
「まだ完全には体力が戻ってないだろ? 今日は家に帰ろう」
俺が反対しても、アスカは頑なに首を横に振った。
滅多にわがままを言わない彼女が、こんなにも必死になるなんて。
「ジンさんが連れていってくれないなら、私一人で行ってきます」
とんでもない発言に面食らう。渋々、俺はアスカの要求に応じた。
ただし、無理はしないこと。少しでも体調が悪いと感じたらすぐに家に帰ること。そのふたつを絶対条件にした。
向かった先は、東京郊外の個人墓地。鈴本家の墓だ。
アスカの祖母や祖父が眠っている場所。
この辺りは自然が多く、東京には存在しない静寂が心地良い空間だ。空気が澄んでいて、風が冷たかろうと心はあたたかくなるような、不思議な場所だった。
墓地に到着してから、お墓周りを一時間ほどかけて掃除した。体力が戻りきれていないアスカには、ほとんど休んでもらった。無理だけは、絶対にさせない。
墓周りを綺麗にした後、供え物としてお煎餅やおはぎ、酒と菊の花を並べた。
そして、赤子用の玩具も忘れずに。
──アスカが孕んだ子は、実の父親の手によって殺された。性別すら分からない、小さすぎる尊い命だった。供養の意味も込めて、供え物をしている。
彼女は我が子の死を知ったとき、とても悲しんでいた。
産んで育てるのか。産むのを諦めるのか。その決断すらできず、こんな形で我が子の命を終わらせてしまい、悔しいと泣き叫んでいた。
気持ちの整理をつけるのは、とても大変だろう。たまらなく苦しいだろう。いつまでも、後悔がなくならないかもしれない。
俺も──悔しかった。
もしも彼女がどんな道を選んだとしても、支えていくつもりだったから。
産むのを諦めても責める気なんて一切ない。もし産むことを決めたら、その答えを受け入れ、彼女を支えていく覚悟をしていた。
しかし、そのどちらにもならなかった。彼女の心の傷は、これ以上無いほど深いものになってしまった。
だからこそ、俺はこれからも彼女のそばにいて、彼女の心を支えていきたい。
彼女を愛する者として。用心棒として。守っていきたい。