私の愛した彼は、こわい人
 線香を上げて手を合わせ、心の中で彼女の「家族」に語りかける。
 どうか安らかに眠ってください、と。

「ねえ、ジンさん。……私、意識を失っていたあの日、夢を見たんです」

 両手を下ろし、彼女はポツリと呟いた。

「夢?」
「はい。暗闇しかない世界で、私はお腹の子を探していたんです。死ぬかもしれないと心のどこかで覚悟していて。せめて赤ちゃんを抱きしめてから逝きたいって思ったんです。そんなとき、ふと三途の川が私の前に現れて……」

 時折、言葉を詰まらせながらも彼女はひたすらに夢での出来事を語り紡ぐ。

「橋の向こう側に、おばあちゃんが立っていたんです。おばあちゃんに『こっちに来ちゃダメ』と言われて。『大切な人を置いてきてはいけない』なんて注意されました」
「……そんなことが」

 俺はそっと彼女の肩を抱き寄せる。
 彼女も、そんな俺の体に身を寄せた。
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