私の愛した彼は、こわい人
 私は望まぬ形で望まぬ相手との子を孕んだ。望まぬ結果でその命を失ってしまった。
 だけど──
 もしもお腹の子があんなことにならずに産まれていたら。
 きっと波乱の人生を歩むことになっていたのだろう。
 そんな複雑な事情を抱えた子どもたちがいる。今もこの世には少なからず存在する。
 あの事件が起きて、意識を失って目覚めたとき。私は考えた。入院中もずっと考えた。退院してからもずっとずっと考えた。自分になにができるのだろうと。
 私一人ができることなんて限られているかもしれない。けれど、できる限りのことをしていきたいんだ。

 これまでずっと口を閉じていたジンさんがスッと立ち上がり、私の隣に並んだ。

「アスカがベル・フルールを辞めることはオーナーとしても残念に思う。こんなにも熱心で、多くの客に信頼されているエステティシャンなんだ。優秀な人材を失うことはサロンにとっても痛手だろう」

 時折ため息を吐きながらそう言うジンさん──神楽オーナーの言葉に、胸が熱くなった。
 仕事では厳しいことばかり言ってたけど、そんな風に思ってくれてたんだね……。
 彼はサングラスを正し、口調を和らげた。

「だが俺は、アスカの今後の人生を応援したい。たくさん考え、悩んでいた姿を間近で見てきたからこそだ。彼女の意志をみんなで尊重しよう」

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