私の愛した彼は、こわい人



 午後六時。
 私は本日ラストのお客様の施術に入っているところだった。
 どれだけ疲れていても、常に笑顔を絶やさない。丁寧に丁寧に、フェイシャルマッサージを心がけた。

「沢田様。最近お肌のツヤがとてもよくなりましたね」
「あら、嬉しいわ。鈴本さんたちのおかげよ」

 穏やかな口調で沢田様は微笑んだ。
 沢田様は一年前からフェイシャルコースに通われているマダム。敏感肌と乾燥肌に悩んでいたけれど、ここ最近になってずいぶんとお肌の調子がよくなった。

「沢田様の努力の成果です。今月のお食事ノート、拝見しました。とてもよく管理されていますね。睡眠もしっかり取られているようで」
「鈴本さんたちにアドバイスをもらったおかげよ。十歳若くなった気分だわ」

 お顔のマッサージを終え、スチームをかけながらフェイシャルパックをする。
 パック時間は約十分。

「そうそう、この前店長さんにもお話したのだけれど」
「なんでしょう」
「わたしね、ここでお薦めされた化粧水がお肌に合わなくてやめてしまったことがあるでしょう?」
「あ……はい。レガーロの化粧水ですよね」

 思わず、胸中で苦笑する。
 半年前、沢田様にもレガーロ化粧水をお勧めしたことがあった。一週間分だけお試しに、と購入していただいたものの、頬全体が赤くなってしまったため使用を中止した。
 沢田様は器の大きい方で「なかなかお肌に合う化粧水がなくてね」「敏感肌でごめんなさいね」なんて笑って流してくれた。本来ならお詫びをしなければならないのに、沢田様はいつもよくしてくれるからと許してくれて。

「それでね、こんなわたしでもようやく自分に合う化粧水に出会えたのよ」
「本当ですか」
「海外に住んでるお友だちがお土産に美容クリームを買ってきてくれたの。日本と英国のメーカーが共同開発したものなんですって」

 肌に優しくて、それでいて美容成分たっぷりのクリーム。もちろん無香料、無着色、パラベン、アルコールフリーで余計なものが全く入っていないという。
 レガーロ化粧品も同じように無駄なものは入れずに美容成分を重視しているはずなのだけど……。
 この違いはなんなんだろう。

「お友だちにもお肌が明るくなったと言われたのよ。それに、鈴本さんもツヤがよくなったと褒めてくれたでしょう? 美容クリームの効果が出てるって実感したわ。もちろん、丁寧な施術をしてもらっているおかげでもあるわ」
「ありがとうございます」

 沢田様の言葉は、私たちエステティシャンにとって喜ばしいもの。
 なのに、なんでだろう。心の奥が、ざわざわする。

『売れないものには理由がある』

 神楽オーナーのあの言葉が、頭をよぎった。
< 20 / 192 >

この作品をシェア

pagetop