私の愛した彼は、こわい人
 なんとなく暗くなったこの雰囲気を打破したく、私はわざと声を明るくした。

「そういえば店長。最近、沢田様のお肌が以前より綺麗になりましたよね。新しい美容クリームを使いはじめたとか」
「そうそう、以前カウンセリングに入ったときチラッと話は伺っていたんだけど、まだカルテに記入していなかったわ。ごめんなさいね」
「私も気になるのでぜひ共有してください。日本とイギリスのメーカーが共同開発したそうですが」
「そうなの。『ビュート』という化粧品で、日本ではまだ一部のサロンでしか取り扱ってないみたいなのよね。イギリスのデパートでは一般販売されているらしいわ」
「国内では貴重ですね」
「……だから、調査しなきゃならなくて」

 ふと、店長の面持ちが神妙になった。
 調査って?

「ビュート社について徹底的に調べろとオーナーに指示されたのよ」
「えっ。そうなんですか。どうして?」
「よくわからないわ。あの人、要件しか言わないし」

 なんで、うちのサロンと関係ない化粧品会社について調べる必要があるんだろう。
 私の胸の奥がどくん、と、低く唸る。

「うちには、レガーロ化粧品があるんですよ」
「そうね。それは、わかってるわ」

 店長は苦笑する。
 ……嫌な予感がした。あの神楽オーナーがなにを企てているか知らないが、とんでもない「シナリオ」を考えていそうで。

「鈴本さん。どうか、オーナーの言うとおりにしてね」

 私の顔をしっかりと見つめ、店長は眉を落とす。

「……はい。承知してます」

 ぎこちなく頷きながらも、私は心の中でこう叫ぶ。
 ──必ず、レガーロ化粧品を十万円分売らないと。
 改めて強く決心する。
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