私の愛した彼は、こわい人
「ベル・フルールを守ってくれる、頼もしいオーナーだよ」
「……へえ」
「スタッフのみんなともよくオーナーの話をするの。ベル・フルールだけじゃなくて、他にも経営してるお店がいくつもあって──」
「あっそう」

 突然つれなくなったタクトは、私から背を向けた。
 あれ……どうしたんだろう。

「もしオーナーに変なことをされたら、すぐ僕に教えて」
「それは、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。アスカに近づく男がいたら、僕が、殺してやる(・・・・・)から」
「……は」

 タクトのひとことで、背筋がゾクッとした。
 殺してやるって。
 やめて。冗談にしても、笑えないよ……?

「行ってくる」

 蚊の鳴くような声で呟くと、タクトはさっさとドアを開けて行ってしまった。
 いつもタクトが先に家を出るとき、必ずハグやキスをしてくるのに。
 今日は、なにもなかった。

 パタンとドアが閉まり、室内はしんと静まり返る。
 どうしよう。もしかして、怒らせちゃったのかな……?

 午前中にはレガーロ社に赴く。夕方前には帰れると思うから、タクトが帰宅する前に食事もお風呂も全部用意しておこう。
 タクトは優しいから、大丈夫。私がしっかりしていれば、きっと……。
 彼の機嫌を損ねることだけは避けるんだ。

 私が必死に自分に言い聞かせていると。
 不意に、ポケット内が揺れた。スマホにはメッセージ受信の表示と共に、神楽ジンの名前が。

《あと十分でそっちに着く。準備しておけ》

 淡々とした、業務メッセージだった。
 しっかりして。今は、雑念を捨てるべき。仕事に集中しないと。
< 24 / 192 >

この作品をシェア

pagetop