私の愛した彼は、こわい人
 土屋氏は目を泳がる。汗が大量に流れ、止まらない。
 オーナーは呆れたようにため息を吐いた。

「日本では化粧品にパラベンを一パーセント以上使用してはいけない決まりがあります。表示義務違反でもありますし、なぜ虚偽を謳ったのか。これは立派な詐欺じゃないですかね」
「さ、詐欺!? それをわたしに言われてもっ。開発チームに言ってもらわらないと!」
「だったらお偉さんに今すぐどうにかしろと訴えた方がいい。わたしがこの成分表を世間に公表したらどうなるか? レガーロ社の信用はガタ落ちでしょうね。内情を知っていたのに商品を売りつけた責任は? あなたの立場も危ういですよ」
「ひっ」
「ま、わたしも暇じゃあないんで。落とし前をつけてくだされば、今回のことは目を瞑りましょう」

 落とし前って。
 嫌な言いかたするな、この人。

「どうすればいいでしょうか……」
「三つの条件があります。まずひとつ目は、二月製造分以降のレガーロ化粧品を全て回収すること。買い手に謝罪も忘れないでくださいね」
「全て回収……。でも、そんなことになったら、世間にこの自体が知れ渡りますっ」
「自らミスを認めて謝罪するのと、他人に事実をぶちまけられるのとじゃ世間の反応が大きく変わります。そんなことも分かりませんか。誠心誠意、責任は取りましょうよ」
「……うっ」

 なにも反論できずに土屋氏は小さく頷いた。

「それで、ふたつ目の条件というのは……」
「今後一切お宅との取引をお断りさせていただきます」
「えっ!?」

 土屋氏よりも先に反応したのは、私だった。
 レガーロ社との取引を解消するの!?

「待ってください、神楽オーナー! レガーロ社はベル・フルールが開業した当初からのお付き合いなんですよ? こんな形で取引解消だなんて」
「信用できない詐欺会社と今後関わっていくつもりはない」
「詐欺って」
「お前が付き合うのはあの変わった営業マンだけにしろ」
「ちょっとっ、それは関係ないです! とにかく、考え直してくれませんか」
「お前それでもエステティシャンか。うちの客にさんざん迷惑をかけたんだぞ」 

 そう言われてしまっては、何も反論できない。
 ……たしかに、そう。たくさんのお客様が、レガーロ化粧品を使用してお肌を悪くされてしまった。悲しい想いをさせてしまった。
 だけど、それでも……!

「私情を持ち込むな、バカたれ」

 口は悪いが、オーナーは正論しか口にしていないのだ。抗議できるはずもない。
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