私の愛した彼は、こわい人
 オーナーは煙草の火を消して喫煙所から出るなり、私の前に立ちふさがる。
 背が高いから、嫌でも高圧的に感じてしまう。

「オンラインで向こうの営業マンとコンタクトを取った際、向こうはこっちの要望を真摯に受け入れた。阿川が言うには、商品の質も間違いないようだ。明日直接、本社に訪問して判を押してくる。早ければ今週の土日には商品がサロンに届くよう手配するぞ」

 急に、腑に落ちた。
 そっか。この人、はじめからレガーロには期待していなかったんだ。

「化粧品の売上目標が十万円だなんて。無理難題で、おかしいなとは思っていたんです。最初からこうするつもりだったんですね?」
「おかげでいい結果に繋がった」

 いい結果。どこが……?

「化粧品を使用したお客様からの声を私から聞き出したのも、レガーロのマイナス面をあぶり出すためだったんですね。強制的に契約を打ち切って、賠償金まで請求する。さらには別の化粧品メーカーから質の良い商品をレガーロ社よりも安く仕入れて利益を増やす。これが、あなたの目的だったんですよね?」

 一部、私の想像も含んでいる。神楽オーナーが企てそうなシナリオだと思った。
 不敵な笑みを溢すと、オーナーは突然、私の顎を指先で触れてきた。
 グッと顔が急接近する。
 ……えっ。な、なに?

「よく喋る口になったな」

 オーナーはぽつりと呟く。
 ほのかに、セブンスターの匂いがした。
 なんなの、これ……。どういう状況!?
 あと数センチ近づこうものなら、キスしてしまいそうなほどの距離なんですけど……?
 喫煙所で一服中のサラリーマンたちにじろじろと見られている。
 やだ。ものすっごく恥ずかしい!

 私がどきまぎしている傍ら、オーナーはすんと真顔になって離れていった。ポケットに手を突っ込み、背を向ける。
 わけわかんないよ、もう。
 オーナーは意に介せず、冷静にひとこと。 

「お前もエステティシャンなら、客を一番に考えろ」

 ……そんなの、わかってます。

「彼氏が営業マンだからって、いつまでも不良品メーカーにこだわるんじゃねえ。私情を仕事に持ち込む奴は社会人として失格だ」

 それも──わかってます。わかってはいるんだけど……。

 ここでふと、タクトの顔がよぎった。
 ベル・フルールがレガーロ社との契約を打ち切った話はタクトの耳にもすぐさま入るだろう。
 家に帰ってきたら、タクトはなんて言うんだろう。どんな顔をして、どんな反応を見せて、どんな気持ちになるだろう。

 勝手に、体が震えた。寒気がして、止まらなくなる。
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