私の愛した彼は、こわい人
 帰宅するなり私はすぐさまスーツを脱ぎ捨て、フリルミニスカートとオフショルダーのトップスに着替えた。
 急いで部屋中を掃除し、ベッドルームを整える。休む間もなく夕飯作りに取り掛かった。
 以前、タクトは私が作った肉じゃがをおいしいと絶賛してくれた。今日のメインはそれにしよう。トマトサラダも作って味噌汁も作って。あとはビールも冷やしておかなきゃ。

 肉じゃがを煮込んでいる間、部屋の状態に不手際がないか何度も確認した。手汗を拭き、室内に夕食の香りが充満した頃。
 玄関の扉が、開く音がした。
 タクトだ。
 手を止め急いで玄関まで出迎えに行く。

「おかえり、タクト。お疲れさ──」

 労りの言葉を言い切る前に、グイッと腕を引き寄せられた。
 タクトは無言で私の体を締めつけてくる。その手は、酷く震えていて。
 タクトは今日の出来事をすでに知っているだろう。
 ベル・フルールがレガーロ社との契約を打ち切ったこと。一方的に、しかも営業担当であるタクトがいない場で起きた話。
 タクトは事実を受け入れられず、混乱しているはずだ。

 レガーロ社と契約を打ち切るなんて話、私も戸惑ってる。神楽オーナーは前からそのつもりだったらしいけれど、私はなんにも知らなかったの。商品にアルコールやパラベンが含まれているなんてことも今日初めて知った。
 だから、止めることができなかった。
 だから、だから。
 頭の中で「言い訳」を整理する。
 でも、タクトは全く関係のないひとことを言い放った。

「変だな。アスカから煙草の匂いがするね」
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