私の愛した彼は、こわい人
 不意に玄関の外からドスの効いた低い声が響いてきた。
 ……この声。
 私、知ってる。よく知ってる人の声。
 神楽オーナー。
 でもなんで? どうして。神楽オーナーが……?

「開けろっつってんだろうが!!」

 叫び声と共に、今度はドアを激しく殴るような音が盛大に響いた。どんどんどんどん、と何度も強く叩きつけられて。

「なんだ?」

 舌打ちをし、タクトの眉間に深いしわが刻まれた。
 締めつけられていた私の首は、ここで解放される。
 タクトの意識は、完全に玄関の方に向けられていた。
 この隙に、呼吸を……呼吸をしなくちゃ。
 苦しかった……助かった。

「誰だ」
「鈴本を出せ、コラ」
「アスカを? ふざけるなよ……」

 ドアスコープを覗き込むタクトの動きが一瞬、止まる。

「お前。まさか、ベル・フルールのオーナーか」
「わかったらさっさと開けろ」
「できません。エステサロンのオーナーが、こんな手荒な真似をしていいんですか?」
「俺はただ、鈴本に忘れ物を届けにきただけだが?」

 ……忘れ物?

「社用タブレットだよ」

 不機嫌そうなオーナーの声。
 あ……。私がタブレットを受け取るのを忘れちゃったから。怒ってるんだ……。
 締めつけられた首元が、まだ痺れている。咳払いをして、痰を吐き出してから必死に息を整えた。
 それから、どうにかして声を絞り出す。

「オーナー、すみませんでした。今、開けます……!」

 私の言葉に、タクトは目を見開いた。
 ここで止められたら今度こそ終わり。素早く立ち上がり、鍵を開けてドアノブに手を伸ばした。

「アスカ、なにをする……!」

 タクトの制御も無視し、勢いよくドアを開けた。
 私がタクトに逆らうような行動を取るなんて、これまでに一度たりともなかった。自分でも驚いている。
 でも、このままタクトと二人きりでいるのは危険だ。
 どうか、神楽オーナーに助けてほしい。
 そう思ってしまったの。
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