私の愛した彼は、こわい人
 部屋にはオーナーの姿はない。すでに出かけたようだ。
 代わりに置き手紙がテーブルの上に残されていた。

『午前はサロンに社用タブレットを返却してからビュート社と契約を交わしにいく。昼頃に弁護士と打ち合わせ、その後は警備会社に寄ってから帰る。家では好きに過ごしていい。飯は適当にデリバリーでも頼んでおけ。』

 達筆な文字で書かれた、オーナーからの手紙。
 本当にビュート社と契約を交わしに行くんだね。弁護士の件はおそらく賠償金うんぬんのためだろう。警備会社っていうのはなんだろう。タブレットも申し訳ないことをした。
 手紙の横には、一万円札がぽんと置かれていた。今の私はこのお札に頼るしかない。
 日吉のアパートに私物を全部置いてきてしまったから。財布もスマートフォンも、着替えもなにもかもない。

 このままオーナーにお金を恵んでもらうわけにはいかないよ。鞄だけでも取りに戻らなきゃ。
 大切な御守りだって、こんな形で手放したくない。

 一人でナーバスな気分になっていると。
 不意に、インターホンが鳴り響いた。

 ギョッとしてモニターを確認する。
 家主は不在なので今は対応できません、とお断りを入れようとしたが──
 カメラに映るのは、見覚えのある顔だった。

「ユウキさん?」
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