私の愛した彼は、こわい人
「さすがに受け取れません」
「遠慮すんじゃないわよ。 一日中どすっぴんで過ごす気? ジンが萎えるわ」
「服やメイク道具なら、アパートに置いてきた物を取りに行こうかと」
「……は?」

 ユウキさんの目が、一気に鋭くなる。

「正気じゃないわ。DV男のところに戻るっての!?」
「そうではなくて。最低限の荷物だけでも」
「やめなさい。あたしたちがあんたに話したこと、もう忘れたの?」

 いえ。覚えています、しっかりと。
 ユウキさんの忠告もそうだし、神楽オーナーが私を守りたいというお気持ちも。ちゃんと私の中に届きました。
 けれど、このままじゃなんの解決にもならない。

「ごめんなさい。荷物はもちろん取りに行きたいんですが、言い訳でもあります。タクトと別れるなら、しっかり顔を見て終わらせないといけないかなって」
「どうせあんたみたいな女はね、相手に会ったらまた沼にハマって抜け出せなくなるの。今が離れるチャンスなのよ。暴力を振るう彼氏がいかに異常かわかってないの?」

 ──異常。
 タクトは、異常。
 私がこれまで現実から目を逸らし、否定してきたこと。ユウキさんは、いとも簡単にその言葉を口にする。

「叩いたり首を絞めたり、ちょっと怒鳴るだけでも暴力になるんですか……?」
「ああもう。バカ! ホントにバカ! それは暴力なの。絶対やっちゃいけないことなの!」

 自分でもおかしなことを言ってるのは、自覚している。庇う必要のない相手だってことも。今すぐ別れて、離れた方がいいってことも……。
 なのに、別れる勇気がなくて。

「そうですよね……ユウキさんの言うとおりです。私、本当は怖いんです。タクトが怖くて怖くてたまらない。別れなきゃって頭ではわかっているのに、行動に移せないんです」

 なにをきっかけに怒り狂うかわからない。怒り出すと止まらなくなる。
 本当のタクトは優しい人。私が怒らせなければ大丈夫。そうやって言い聞かせてきた。
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