私の愛した彼は、こわい人
 私はフライパンに出汁と調味料を投入した。冷凍された玉ねぎを流水解凍していく途中、目の前がぼやけてきてしまう。

「私、目が覚めました。部屋の惨状を見て、すごくショックで。たくさん物が壊されていたんです。タクトが相当暴れたんだろうなって。凶暴な人だったんだって改めて理解しました。私の大切な御守りも、破られてましたし……」

 玉ねぎを切ったわけじゃないのに、目の奥から大粒の涙が溢れ出てきた。さりげなく腕で拭き取るけれど、全然止まらない。

「大切な思い出が、なくなっちゃいました。お兄さんは私のことなんてとっくに忘れていると思いますけど、私にとってはヒーローなんです」

 ついには声も震え、泣いていないことを隠すのが苦しくなってきた。鼻を啜り、わざとらしく明るい口調で誤魔化した。

「おかしいですね……玉ねぎのせいかな。切ってもいないのに目が染みちゃいました」

 水を止め、解凍された玉ねぎを軽く水抜きする。
 オーナーはなにも言わなかった。それどころか、口を閉じたままベッドルームへ行ってしまった。

 さすがに面倒と思われたよね……。こんなことで泣くなんて。
 神楽オーナー。ごめんなさい。御守りのことなんか早く忘れる。タクトから逃れられたんだから、これからは強くならないと。

 豚肉に刻み生姜と料理酒を混ぜる。だし汁が沸騰した頃に豚肉を投入した。料理に集中していれば、悲しいことも忘れられるはず。
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