私の愛した彼は、こわい人
 なにを言っているのか、さっぱりだ。
 神楽オーナーが、リュウお兄さん? まさか、そんなはずがない。そもそも名前が違う。雰囲気だって違うでしょう?
 しかしオーナーが寝室から持ってきた物を目にすると、否定しきれない。
 少しだけ色褪せ、シワの入ったドラゴン。見れば見るほど、頭が混乱してしまう。

「見覚えあるだろ?」
「……はい」

 ありすぎて、困るくらい。
 翼部分の裏側を確認したら、たしかにあった。『りゅうおにいちゃんへ』と書かれたふにゃふにゃの文字。正真正銘、私が作った物だ。

「どうしてオーナーが持ってるんですか?」
「何度も言わせるな。俺が、リュウなんだよ」
「いえ。あなたは、神楽ジンさんです」
「ああ。昔は【菊池リュウ】って名前だった」

 まだ信じられない。色々と確認しないと、疑念が晴れない。

「一緒に過ごした養護施設の名前。オーナーはわかりますか?」
「『ヒゴロモソウ』だ」
「どこにあったか覚えています?」
「神奈川県川崎市にある。多摩川の近くだ」
「支援員さんの名前を一人でもいいので挙げてみてください」
「佐久間って厳しい女がいたな。俺が施設の奴らと喧嘩するたびに叱ってきた」
「……ですね」

 彼は答え以上の答えを口にする。
 嘘じゃない。私の記憶と、見事に合致している。
 一旦料理の手を止め、私は体ごとオーナーの方へ向けた。

「なぜお名前が変わったんです? もし答えたくなかったら言わなくてもいいですけど……」

 遠慮がちに問いかけてみたものの、すごく気になる。
 オーナーは私から目を逸らしてポツリと呟いた。

「俺が、俺でなくなるためだよ」
「え?」
「十六のとき、家庭裁判所で手続きをして改名した。新しい人間として、生きていくために」

 ……新しい人間として? どういう意味なの?
 疑問が口に出かけたところで言葉を止める。
 養護施設で過ごしてきた子どもたちには、それぞれ複雑な事情がある。それはオーナーも同じ。改名しなければならないほど大変な家庭環境だったのかもしれない。
 ただ、これだけはわかった。彼は本当に、リュウお兄さん本人なんだってこと。
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