【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
休憩も終盤に差し掛かった頃、航太が空のペットボトルをまとめて捨てようと立ち上がると、ぽつんと声をかけてきたのは、新人のひとり、三浦翔太だった。

「橘教官、少し……いいですか?」

その表情には、訓練の緊張とは違う、どこか思いつめた影があった。

「ん、いいよ。何かあったか?」

航太が歩みを止めると、三浦は小さく頷き、他の新人たちの視線から少し外れた場所に移動した。

「……自分、大学生のときに、安西総理の襲撃事件をテレビで見たんです。確か、経済フォーラムの帰り道で車が突っ込んで……」

航太の瞳がわずかに揺れる。だが表情は変えず、静かに頷いた。

「ああ……あの事件か」

「はい。あの時の警護官たちが……何ていうか、全力で守ろうとしていたのが、画面越しでもわかったんです。
たとえ失敗だったって言われても、あんなふうに人の盾になる仕事って……本当にすごいなって思って」

「……」

「それで、自分もなりたいって思ったんです。最初は……ほんとに、ただ“かっこいい”ってだけだった。
だけど、いざここに来てみたら、自分にその覚悟があるのか、迷うようになって……」

航太は、ポケットに手を入れたまましばらく視線を空へ向けていたが、ゆっくりと三浦の方を見て言った。

「翔太。あの事件を覚えてる人は今となっては少ない。でも――あの現場で、誰よりも“守れなかった”って悔しさを噛み締めてたのは、警護についてた本人たちだったんだ」

「……」

「俺はな、お前みたいに“かっこよかった”って言ってもらえるだけで、少しは報われる気がする。
最初の動機がどうであれ、こうやって悩むってことは、本気になってる証拠だよ」

三浦の目が見開かれる。橘はにこりと笑った。

「怖いと思ってるうちは大丈夫。その怖さがあるからこそ、現場で真剣になれる。……自分の命で他人を守る、なんて、怖くて当然だ」

「……はい」

「無理だと思ったら、立ち止まっていい。でも、“守りたい”って気持ちは、嘘じゃないんだろ?」

「……嘘じゃないです」

橘は軽くうなずいた。

「だったら、それで十分だ」

その言葉に、三浦の表情がほんの少しだけ緩んだ。

――そして、彼はまだ知らない。この目の前の教官こそが、あの現場で最前線に立っていた警護官であることを。
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