【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
処置室に通されると、白く整えられたベッドが一つ、点滴スタンドが無言で立っていた。
看護師が柔らかな声で促す。

「横になりましょうね」

だが、紗良はベッドに腰をかけたまま、微かに身体をこわばらせ、動こうとしなかった。
どこか迷いのある目をして、視線を天井に逃がす。看護師が困ったように笑いながら言う。

「紗良さーん、力抜いてください」

そう言いながら、慣れた手つきで紗良の足をベッドの上に軽く持ち上げ、身体を横向きにくるりと回して優しく横たえた。
その瞬間、紗良の目に涙が浮かんでいた。
まだ針は刺さっていない。
けれど、発熱の辛さか、点滴への恐怖か――
その瞳は子どものように不安げに潤んでいた。

航太は思わず「これは、泣くやつだな」と小さくため息をつきながらベッドのそばに寄った。
紗良はじっと天井を見つめながら、涙をこぼさぬよう必死に堪えている。

「紗良、大丈夫だよ。前のときも、そんなに痛くなかったでしょ?」
そう声をかけると、紗良はかすかに首を動かしながら、子供のような口調で言った。

「痛くないけど……針が刺さるの想像したら泣けてくるの……」

その言葉に、看護師がくすりと笑い、航太に目配せをしながら提案した。
「じゃあ、橘さんに気を逸らしてもらいましょうか」

航太は頷き、少し考えてから、紗良が以前からずっと食べたいと言っていたアップルパイの話を始めた。
「体調が良くなったら、あのアップルパイ買いに行こう。あそこのやつ、外サクサクで中とろとろって、言ってたよな。ご褒美にしよう」

その言葉に、紗良は目を潤ませながらも、ふっと笑みをこぼし、小さな声で「うん、食べたい……」と呟いた。
そうして、航太は本当に病人になると子供だなと心の中で苦笑しながら、そっと彼女の頭を撫でた。

看護師が「入りましたよ。30分くらいで終わりますからね」と声をかけると、紗良はほっとしたように目を閉じた。
さらに看護師は、「熱が高いので」と言って、ひんやりとしたアイス枕を紗良の頭の下にそっと滑り込ませた。

航太はその様子を見つめながら、40℃超えなんて、起きてるだけでも相当きついよな、と胸の奥で思う。
足元にかけられたブランケットを整え、そっと椅子を引いて紗良の隣に座る。
紗良の手がほんの少しだけ、彼の方へと動いた気がして、航太はそれをそっと包み込むのだった。
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