【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
診察を終えた鶴田が、椅子から軽く身を乗り出すようにして言った。

「それでは、今日の診察は以上です。検査の日程については、後ほど受付からご案内がありますので。……お大事にしてください」

そう言って視線を紗良に向けたが、彼女は椅子に腰かけたまま、虚ろな目で一点を見つめたままだった。まるで、鶴田の言葉が聞こえていないかのように。

「……紗良さーん、わかりますか?」

鶴田が少し声を強めて呼びかけると、紗良はわずかに目を瞬かせ、小さく顔を動かした。だが、それは反応とは言えないほど鈍く、意識がどれほど朦朧としているかが明白だった。

鶴田は眉をひそめ、手元の体温計を取り上げた。

「もう一度、熱測りましょうかね」

航太が傍に立ち、鶴田が非接触型の体温計を額にかざすと、すぐにピピッという電子音が鳴り、表示された数字に場の空気がわずかに変わる。

「……40.1℃。」

鶴田は一瞬考え込むように間を置いたあと、穏やかな口調で問いかけた。

「紗良さん、点滴して行かれますか? 脱水もあると思いますし、少しでも熱が下がれば身体も楽になりますよ」

すると、それまで反応が薄かった紗良が、はっきりとした声でぽつりと答えた。

「……いや、大丈夫です」

言い終えると同時に、ふらつく足取りで立ち上がろうとした。

その瞬間、航太がすかさず片手で紗良の肩を押さえ、もう片方の手で背を支える。

「……いや、もう。ムリに決まってるでしょ」

ため息混じりにそう言いながら、鶴田に向かって頭を下げる。

「すみません、お願いします。点滴、受けさせてください」

鶴田は小さく笑みを浮かべて頷くと、「じゃあ処置室にご案内しますね」と言い、看護師に声をかけた。

航太は、支える紗良の熱を肌越しに感じながら、無理をする彼女の性格を少しだけ恨めしく思っていた。
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